「……よかろう。よしなにいたせ。何にせよ、佐久の件は早々に片付けねばならぬ」 「畏(かしこ)まりましてござりまする」 信方は再び平伏する。 「御屋形様、懼れながらお願いがござりまする」 今度は晴信が声を発した。 一同は驚きの表情でその様を見つめる。 「板垣が出陣するのならば、それがしにも参陣をお許し願えませぬか」 晴信も自ら援軍を志願する。 その息子を、信虎は眼を細めて睨む。 「勝千代(かつちよ)、うぬは黙っておれ。誰がでしゃばれと申したか。佐久の戦に、余計な首を突っ込むでない」 低くくぐもった声を発し、信虎が一喝する。 「……申し訳ござりませぬ」 晴信は差出口(さしでぐち)を詫びてから項垂(うなだ)れた。 「とにかく、諏訪にも与力させ、早くこの戦を片付けよ」 そう言い残し、信虎はそそくさと評定の場を後にした。 辛そうに立ち上がった荻原昌勝が信方を手招きする。 「……駿河守、そなたが立ってくれて助かった。礼を言っておく」 「常陸殿、だいぶお辛そうに見えますゆえ、少し休まれてはいかがか。後のことは昌俊(まさとし)と詰めておきまする」 「……ああ、そうさせてもらおう。後は頼んだ」 荻原昌勝は信方の肩を叩き、弱々しい足取りでその場を立ち去る。 いつの間にか、その隣に陣場奉行の原(はら)昌俊が立っていた。 「自ら御屋形様に援軍を志願するとは、ずいぶんと大胆なことをしたな。信方、いつから、そんな性格に変わった?」 「皮肉を言うな。背に腹はかえられぬ場合もある」 「兵部を救うためか」 「それだけではない。兵糧も満足に持たされておらぬと聞いた。こたびの戦はかなり強引に進めねば、負け戦になりかねぬ。それゆえ、そなたに頼みがある」 「かなり強引な頼みと見受けるが」 原昌俊が皮肉っぽい口調で言う。 「わかっているならば話は早い。されど、ここではすべてを伝えられぬ。後で屋敷に来てくれぬか。二人きりで話したい」 「仕方あるまい」 苦笑を浮かべながら、原昌俊が頷いた。