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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)10 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「……よかろう。よしなにいたせ。何にせよ、佐久の件は早々に片付けねばならぬ」
「畏(かしこ)まりましてござりまする」
 信方は再び平伏する。
「御屋形様、懼れながらお願いがござりまする」
 今度は晴信が声を発した。
 一同は驚きの表情でその様を見つめる。
「板垣が出陣するのならば、それがしにも参陣をお許し願えませぬか」
 晴信も自ら援軍を志願する。
 その息子を、信虎は眼を細めて睨む。
「勝千代(かつちよ)、うぬは黙っておれ。誰がでしゃばれと申したか。佐久の戦に、余計な首を突っ込むでない」
 低くくぐもった声を発し、信虎が一喝する。
「……申し訳ござりませぬ」
 晴信は差出口(さしでぐち)を詫びてから項垂(うなだ)れた。
「とにかく、諏訪にも与力させ、早くこの戦を片付けよ」
 そう言い残し、信虎はそそくさと評定の場を後にした。
 辛そうに立ち上がった荻原昌勝が信方を手招きする。
「……駿河守、そなたが立ってくれて助かった。礼を言っておく」
「常陸殿、だいぶお辛そうに見えますゆえ、少し休まれてはいかがか。後のことは昌俊(まさとし)と詰めておきまする」
「……ああ、そうさせてもらおう。後は頼んだ」
 荻原昌勝は信方の肩を叩き、弱々しい足取りでその場を立ち去る。
 いつの間にか、その隣に陣場奉行の原(はら)昌俊が立っていた。
「自ら御屋形様に援軍を志願するとは、ずいぶんと大胆なことをしたな。信方、いつから、そんな性格に変わった?」
「皮肉を言うな。背に腹はかえられぬ場合もある」
「兵部を救うためか」
「それだけではない。兵糧も満足に持たされておらぬと聞いた。こたびの戦はかなり強引に進めねば、負け戦になりかねぬ。それゆえ、そなたに頼みがある」
「かなり強引な頼みと見受けるが」
 原昌俊が皮肉っぽい口調で言う。
「わかっているならば話は早い。されど、ここではすべてを伝えられぬ。後で屋敷に来てくれぬか。二人きりで話したい」
「仕方あるまい」
 苦笑を浮かべながら、原昌俊が頷いた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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