「さように思うていてくれたのか……」 「それに次郎様は兄上を慕っており、誰よりも深く尊敬なされている。このところ、晴信様の方がすげないので、少し寂しがっておられるようだ。備前もそのことを気にしていたようだぞ」 昌俊は次郎の傅役である甘利虎泰のことを付け加える。 「……われらの方に、少し意識しすぎるところがあるのやもしれぬな。気を付けねば」 信方が自戒を込めて呟く。 「晴信様のことも心配であろうが、もっと深刻な問題が眼の前にある」 厳しい面持ちになり、昌俊が言葉を続ける。 「実の取れない戦が続き、当家は危機に直面している。これ以上、悪天候と不作にみまわれ、合戦を継続すれば、あっという間に蔵が空っぽになるのは明白だ。家臣への禄が止まるのはもちろんのこと、度重なる徴発で領民の不満も膨らみきっており、いつ破裂するかわからぬ。一揆(いっき)にでもなれば、甲斐の国内は収拾がつかなくなる。御屋形様は信濃(しなの)を奪取すれば兵糧不足も解決すると楽観なさっているが、そう簡単な話ではあるまい。悪天候と不作の被害を受けているのは信濃も同じであり、民から搾り取ればよいという発想には限界がある。どこかで戦を打ち止めにし、領国の経営を立て直さねばならぬ。わざわざ家中で相続を巡る内訌など作り出している暇はないのだ」 「そなたの言分はよくわかった。ならば、まずは手早く佐久の戦を片付けてしまおう」 「そうするしか、なさそうだな」 「では、よろしく頼む」 信方は改めて頭を下げる。 「おう。それがしは御屋形様にお願いし、諏訪行きのお許しを貰(もろ)うてくる」 原昌俊はすぐに動き始めた。 ――まったく頭の切れる漢だ。物事の真髄がよく見えていると言うべきか。味方とすればこの上なく心強いが、敵にすれば、これ以上怖ろしい相手もおるまい。やはり、昌俊には若の味方でいてもらわねば困る。あ奴とは同じ釜の飯を喰うた同輩でよかった。 今し方の話を反芻(はんすう)しながら、信方はそう思った。 戦支度は慌ただしく進められ、数日後に信方と原昌俊は若神子(わかみこ)城へ向けて出立した。 そこでは海ノ口城から後退していた飯富虎昌が待っていた。