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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)10 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「心の臓が痛いとは……」
「最後は綿々と愚痴などこぼされ、すぐにでも隠居したい、と」
「まことか!?」
「常陸殿が隠居となれば、家宰の座を巡り、またぞろ家中がざわつくのではありませぬか」
「確かに、その心配はある。虎昌、今の話は他言無用だ」
「わかっておりまする。それと、駿河守殿。以前にお訊ねした事柄の答えが、何となくわかってきました」
「何のことであったか?」
「なにゆえ、御屋形様が若君様につれない物言いをなさるのか、とお訊きしたことがあったではありませぬか」
「ああ、若の御婚儀の前か……」
「家中の風聞に耳をそば立てておりましたら、少し事情が呑み込めてまいりました。まったく、口さがない連中が多すぎ、若君様の気骨をあまりに軽く見過ぎておりまする。それがしから見ても、若君様は剛直で骨硬き良い漢(おとこ)にござりまする」
「……わかっておるではないか」
「駿河守殿の如き愚直な硬骨漢ばかりを見て育ちましたゆえ」
「こ奴、あからさまな世辞を言いよってからに」
 信方は思わず苦笑する。
「少し前に、備前(びぜん)殿と呑んだ時も同じことを申されておりました。重臣の方々の多くが若君様を見誤っておられると。やはり、骨硬き漢にはわかるのでありましょう」
 虎昌は次郎の傅役(もりやく)となっている甘利(あまり)虎泰(とらやす)の言を持ち出す。 
「甘利が!?」
「備前殿も『最近は駿河守殿が一緒に呑んでもくれぬ』と寂しがっておられましたぞ。たまには、また三人で酒でも酌み交わしませぬか」
 意味ありげな笑みを浮かべ、虎昌がそう言った。
 ――こ奴、若と次郎様のことで、それがしと甘利が疎遠になっていることを知り、仲を取り持とうとしているのか!?
 信方はまじまじと後輩の横顔を見つめる。
「……三人で呑む件については考えておく。それゆえ、さっさと手柄を上げて佐久から戻ってまいれ」
「承知! 危うくなりましたら、援軍をお願いいたしまする。では、行ってまいりまする」
「おう。無事でな」
 信方は気合を入れるように飯富虎昌の背中を叩き、門から送り出した。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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