手短に段取りを終え、信方は晴信に歩み寄る。 「若、勝手に援軍を志願しまして申し訳ありませぬ」 「……いや、この身もわれらが飯富を助けに行くべきだと思うておった。されど、お許しをいただけなかった」 「ここはひとつ、この板垣めにお任せくださりませ。それがしが行けば、虎昌も若の御指図だとわかりまする」 「……この身が行けぬことをすまぬと伝えてくれ」 「承知いたしました。若は新府にて泰然と構え、朗報をお待ちくださりませ」 「わかった」 「では、すぐに出陣の支度をいたしまする」 こうして信方は佐久へ出陣することになった。 その日の夕刻、原昌俊が信方の屋敷を訪れ、二人だけの談合が行われる。 「信方、そなたとの間で、回りくどい話は必要あるまい。出陣に際して何が必要か教えてもらえれば、できるだけのことはしたい。されど、それがしも陣馬奉行の職を預かる身ゆえ、駄目なものは駄目と断じさせてもらう」 原昌俊はさっそく本題に入る。 「そうしてもらえると助かる。では、簡潔に望みを申す。こたびの合戦は疾風迅雷の勢いが肝要、相手に考える間も与えず、攻め倒して行かねばならぬと思うておる。それゆえ……」 「ちょっと待ってくれ、信方。なにゆえ、さような戦法を考えた?」 「たとえば、兵糧の備えひとつとっても、今の武田に長い合戦を構えるだけの余裕はないと見ておる。将兵への禄までが絞られ、不満も膨れ上がっている中、悠長に長期の出陣を考えることはできまい」 「……そなたの申す通りだ。できうるならば、戦そのものを避けたかったくらいだ」 「それならば、短期での決戦を仕掛けるしかなかろう。その采配に応えられる寄騎(よりき)衆と、兵が戦いに専心できるだけの兵糧が欲しい」 「寄騎は誰か目星がついておるのか?」 「それがしと飯富でがむしゃらに敵城を攻めるつもりゆえ、巧妙に守りながら果敢に敵を撃退できる曲者(くせもの)、城の守備に長(た)けた古参の将がよい。それがしが思いつくのは、小山田備中(おやまだびっちゅう)殿、長坂(ながさか)昌房(まさふさ)殿あたりか」 「なるほど、さすが、良きところに眼を付けている。その二人ならば、できた倅(せがれ)がおるゆえ、六左衛門(ろくざえもん)と源五郎(げんごろう)の二人に父の助けをさせるのがよいかもしれぬ」 昌俊は小山田昌行(まさゆき)と長坂虎房(とらふさ)の名を上げる。 共に二十代半ばの血気盛んな若武者であり、信方もその力をよく知っていた。