第四章 万死一生(ばんしいっしょう)20
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
若干の混乱の中、武田勢の本隊は僧寺から尼寺へ移動する。そこが北国(ほっこく)街道に一番近い出入り口だった。
だが、晴信が目の当たりにしたのは、形振(なりふ)り構わず逃げてくる先陣の騎馬隊だった。
その先頭には、鬼面で愛駒を煽(あお)る跡部(あとべ)信秋(のぶあき)がいる。
そして、背後には、怒濤(どとう)の如(ごと)く押し寄せる村上騎馬隊の蹄音(あしおと)が響いていた。
「弓箭手(きゅうせんしゅ)たちを南大門へ集めよ!」
咄嗟(とっさ)に、晴信が叫ぶ。
その命令を受け、加藤信邦が弓隊の配置を決め、高所から敵の騎馬隊を狙える場所を確保する。
「信繁、足軽隊に逆茂木(さかもぎ)を運ばさせよ! 先陣の騎馬隊がここへ入ったならば、門の外へ逆茂木を並べ、敵の侵入を止めるぞ!」
「承知!」
信繁が先頭に立ち、足軽隊を動かす。それが終わってから、密かに教来石(きょうらいし)景政(かげまさ)と小山田(おやまだ)信有(のぶあり)の二人を呼ぶ。
「兄上は冷静を装っておられるが、その実、沸き上がる怒りを抑えられぬはずだ。戦いが始まれば何が起こるかわからぬゆえ、そなたらが旗本衆として常に御側(おそば)に付き添い、必ず兄上を守ってくれ」
「畏(かしこ)まりましてござりまする」
教来石景政と小山田信有は声を揃えて頭を下げる。
二人は顔を見合わせてから無言で頷(うなず)きあった。
そこに跡部信秋の愛駒が駆け込んでくる。
「御屋形(おやかた)様はまだここにおられるのか?」
信秋が馬の背から飛び下り、教来石景政に訊く。
「はい。先陣の将兵を迎え入れるため、ここで一戦交えるとお決めになりました」
「まことか……」
跡部信秋が顰面(しかみづら)で呟(つぶや)く。
その背後から、続々と味方の騎馬が南大門の中へ入ってくる。いち早く科野総社を出た先陣の五百騎は無傷のまま国分尼寺に逃げ込んだ。
それを横目で見ながら、跡部信秋は晴信の姿を探す。
「御屋形様!」
「おお、伊賀守(いがのかみ)。敵の動きが予想よりも疾かったゆえ、後方へ退くよりも、ここでそなたらを迎え入れる方がよいと判断した。騎馬隊は無事のようだが、足軽隊はどうした?」
「われらを逃がすために、豊後守(ぶんごのかみ)殿と足軽隊が弓で敵騎馬隊の進攻を鈍らせ、後から科野総社を出ると申されました。されど、真正面から戦うつもりではなく、なるべく兵を失わぬよう、北側にある染谷台(そめやだい)という段丘へ逃げ、迂回(うかい)しながら神川の畔(ほとり)に向かうと」
「なるほど、騎馬が上がれぬ段丘を利用するということか」
「さようにござりまする」
「ならば、すぐに敵の進路を逆茂木で塞いでもよいのだな」
「はい。されど、御屋形様……」
「何であるか」
「……敵の数は五千にも及び、その勢いは凄(すさ)まじく……ここで迎え撃つのは少々、難儀ではないかと」
- プロフィール
-
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。