第十二回
川上健一Kenichi Kawakami
「何へってらど。だあへば(まさか)、あったら普通のおばさんの殺し屋がいるってきいたごどねえど。しかも三人組なんて。やっぱしイガは映画の見過ぎだ。せっかくのアバンチュールのチャンスばオド指(親指)くわえて見過ごすのはバガッコだ。たまにはダメモトを実行してドキドキしてみねば人生面白ぐねってイガも納得したばり(ばかり)でねが。それに殺し屋だったらもう俺はズドンと一発くらって殺されてる。さあ、ナンパさ行ぐべ」
「いやいや待て待て。お前は本当に能天気なやつだな。そうだよ、そうかもしれない。映画では安心させておいて殺すということがよくあるからな。計画1は、あの三人の女はここで俺たちを殺すべく待っていて、ダンプの男は仲間で俺たちをここに追い込んだ。それで三人の女は俺たちと仲よくなり、サービスエリアから誰もいなくなるのを待ってナイフでブスリ。あの三人の女は凄腕(すごうで)の殺し屋なんだ。それから仲間がやって来て俺たちを運んで生き埋めにするとか湖に沈めるとか、火山の火口に放り込むとかヒグマとかシャチに食わせるとか、まあそんな感じで抹殺する計画、ということも十分考えられる。あのポンコツ車の爺(じい)さん婆(ばあ)さんがやってきたからここで殺すのはまずいとなって抹殺計画その1は止(や)めたのかもしれない。目撃者がいることになるからな。それで計画2に変えて、さっきの、あのニコニコ笑っている女が気のある素振りで水沼を振り向いたのは、色気で俺たちにナンパさせようとして、それでどこかに誘ってそこで殺すつもりなのかもしれない。三人の女殺し屋。カッコいいのはカッコいいけどね」
小澤は途方もない妄想を披露してから腕組みをする。白い乗用車を見ている目が鋭く光っている。水沼と山田はあきれ返って顔を見合わせた。
「オメ、よぐまあ、そったらハンカクセエ(バカバカしい)ごど次から次に思いつくもんだなあ。大したもんだ。へでも考え過ぎだ。だあへば、そごまでややこしい計画立ててまで殺す訳ねえ。やるなら簡単にやるべさ。それにどうせ殺されるんだば、アバンチュールば楽しんでから死んでもバチは当だねべ。どんだど水沼?」
「アバンチュールは無しだな。彼女たちは行っちゃったよ」
水沼は山田と小澤の間から向こうを見つめて軽く手を上げた。山田と小澤が振り向く。三人の女を乗せた白い乗用車が走り去って行く。後部座席のへの字目笑顔の彼女がお辞儀をしていた。長々としゃべっているから行ってしまったではないかと山田が小澤をなじっている間に、白い乗用車はサービスエリアの出口に向かって行く。
「素敵な人だったなあ」
と水沼がいう。自然に笑みがこぼれる。「『マイムマイム』を口ずさんでくれたよ。いい声だった」
「ハハハ。イガは『マイムマイム』ど相性悪いな。中学生の時に『マイムマイム』で次にみどりちゃんと踊れるど(と)心どぎめがへれば音楽ストップして踊れねがったべせ。ほれど同じでねが。ながながいいおなごだったども、へでもワだっきゃやっぱしあのハッキリ、シャキシャキのジーンズ女の方がいがったなあ。あのバン! バーン! って出るどご出でるナイスバデー! 最高でねが」
「もう行ってしまったから彼女らのことはどうでもいいよ」小澤は二人が浸っている余韻をバッサリ切り捨てた。「で水沼、名前がどうしたって?」
「うん。夏沢みどりの夏沢は珍しい苗字だ。だからインターネットで検索してみれば北海道に何人いるか分かるはずだ。十人とか二十人ならば電話番号調べて電話して尋ねれば夏沢みどりの実家にたどり着くんじゃないかと思ったんだ。実家に行き当たったら夏沢みどりが今どこにいるかも分かるはずだ」
と水沼はいった。
「そうか。その手があったよね。よしさっそく調べてみよう」
「バガッコこの。へだすけ(だから)イガどはホンツケナシだってへられるんで。昔と違って今は個人情報にうるさくてNTTで調べようとしても個人の電話番号は教えてくれね。個人の電話帳もねえ」
「あ、そうだよね。だけど、夏沢は珍しい苗字だから、あったとしても数えるぐらいじゃないか? インターネットで北海道の苗字で夏沢を検索すれば、札幌の何地区に何人、旭川の何町に一人とか、長万部に一人とかって分かるかもしれない。そうしたら探しに行けばいいじゃないか。だよな水沼」
「そうだと思うんだ。調べてみよう」
と水沼は携帯電話を取り出す。
「あッ、いや、待て待て!」小澤の目が見開かれて表情が固まった。「そうだ! ちょっと待った! それはまずいよ! 携帯の電源入れれば電波の発信源を探知されて俺たちの居場所が分かってしまうんだった。忘れてた。パトカーがすっ飛んできて山田が逮捕監禁されて生爪剥がしの拷問にあってしまう。そうなったら俺たちの初恋探しの旅はお終(しま)いだぞ」
「イガ、このバガッコ。いい加減にしろ、このホジナシ(間抜け野郎)! スパイ映画でねってなんぼへってもヤジァねえ(分からない)もんだ。パトカーがすっ飛んで来るのはあるごったども、だあへば、官憲が生爪剥がしの拷問なんてハンカクセ(ハレンチな)ごどするかよ」
「小澤のいう通りだ。携帯電話はまずいな」と水沼はいった。「よし、とにかく今日の目的地の夕張に行こう。そこで公衆電話探して俺の会社に電話する。社員にインターネットで北海道に夏沢という苗字がいくつあるか、その所在地を調べてもらう。山田が逮捕される前に、まあ、もしかしたら俺たち全員が逮捕されるかもしれないけど、今回の旅のひとつの目的地、小澤が行きたい映画の町夕張に行こう」
- プロフィール
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川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。