第十二回
川上健一Kenichi Kawakami
「待てって。俺と小澤の名前でホテルを予約したって、もうたぶん俺たち三人で行動を共にしているって特捜は掴(つか)んでいて、北海道の全宿泊所に俺たちの名前を通達してるんじゃないか? 来たら教えろってことになっててホテルから警察に連絡がいって待ってましたと飛んで来るぞ。偽名で予約しよう。なら大丈夫だろう」
「あのな、おらどは特捜が探してるってごどは、なんも知らねで旅してるってごどになってるべせ。んだすけ偽名つかれば、探してるの知ってるすけ(知ってるから)逃げるために偽名つかったべせ! ってギリギリねじり上げられるど。本名でいげば捕まってもなんも知らねがったって白ば切れるべせ。逃げだ訳でねってへれるでねが。ふんとに(本当に)ホンジね(思慮無い)もんだ、ホニホニホニ」
「だけど部屋に踏み込まれてお前がいたら、やっぱり嘘(うそ)ついたってことになって、逃げているってことになるじゃないか」と水沼はいいながら右手の指で後頭部を掻(か)いた。夜っぴてハンドルを握ってきたのでシャワーを浴びてスッキリしたい気分だった。
「ワだっきゃ(俺は)夕張さ昔愛し合ったメゴイおなご(かわいい女)がいて、訪ねて行ったら泊まってけってへられだがら泊まるごどにしたすけ部屋はとらながった。へだどもこのおなごがまあ酒乱で、むつけるは(すねるは)、ゴンボ掘るは(怒るは)で、しまいにはジナリ出して(怒鳴り出して)、バンバンふったがれるで(叩かれて)手つけられなぐなって尻尾(しっぽ)巻いて逃げ帰って部屋に入れでもらった、ってごどにすればいいべさ」
「いやはや」と水沼は呆れ顔で山田を見ていった。「しかしお前と小澤はよくもまあ、次から次へとんでもないことを思いつくもんだなあ。大したもんだよ。そこまでいくともう才能だな。俺はお前らを見損なってたよ」
「いやあ、てした(大した)ごどねえよ。ほめるなよ。照れるでねが。なあ小澤」
と山田は後ろの小澤を振り向いてにやけ顔を向けた。
小澤はフンと鼻で笑って首を振った。「お前と一緒にされたくないよ」としわがれ声でいった。「お前のは悪知恵。おれのは映画顔負けの極上エンターテーメント。みんなを楽しませるための物語だ。品質がまるで違うよ」
「やっぱりそうだったか」と水沼は小さく笑った。「お前、この旅を面白おかしくするために、暗殺者だの殺し屋だのって突拍子もないこといってはしゃいでいたんだろう。そうじゃないかと思ってたけどな。息子と奥さんを巻き込んだちゃぶ台返しの話も良くできていたよ。もう少しで本気にするところだった」
「何いってんだよ。俺の家族の問題のことは本当の話だよ。山田の事件の殺し屋のことだって、まるで可能性が無いって話でもない。そうだよな、山田?」
「イガ(お前)、このバガッコ! そったら荒唐無稽の話っこ、って、まあ、もしかしたら、もしかしても、ウーン、おがしぐねがもなあ……」
山田は腕組みをして天井の幌を見上げ、口を真一文字に結んで思案顔になった。腕組みをしたジャケットの脇の下が、限界まで引き伸ばされて悲鳴を上げているようにピンと張っている。
「お前、本当に殺されてもおかしくないようなヤバイ秘密握ってるのか?」と水沼は目を凝らして山田を見据えた。「だったらやっぱり早いとこ警察に出頭した方がいいんじゃないか? その方が安心だろう」
「映画では」と後部座席から小澤が真面目くさった声をゆっくりと絞り出した。「巨悪が絡んだ事件で、秘密を握ってるやつが警察に保護されて自殺したってストーリーはよくある。もちろん警察もグルになってる巨大組織に殺されたんだけどね」
「イガなあ、ホニホニホニ、なんたかた(何が何でも)ワば殺してのがよ?」山田は苦々しく笑った。「大丈夫だ。心配しなくてもいい。殺されるとしてもワばりだよ。イガどば(お前たちは)殺さねごった(殺さないだろう)。関係ねやづど(関係ないやつら)ば殺したとなると大問題になるがらな。とにかく腹減ったすけ昼メシだ。キネマ街道さ行ぐべし。名物のカレーうどん食わせる食堂がある。表面張力よりも遥かに盛り上がってる量がどんぶりがらはみ出してんだ。おばちゃんがどんぶりさオド指(親指)ずっぽり突っ込んで、汁っこボタボタ落どしながらテーブルさ持ってくる。へだすけ(だから)テーブルの上はカレー汁の洪水だ。へだすけテーブルば拭くための新しいテーブル布巾が常に何枚も置いである」
- プロフィール
-
川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。