第二章 大湊
八木澤高明Takaaki Yagisawa
八戸の色街跡を歩く
仙台を過ぎると、景色は雪模様となった。八戸(はちのへ)駅で降りると、明らかに東京よりは空気が冷たい。冷気が肌に突き刺さってくるようだ。
大湊へは、八戸で新幹線を降り、そこからレンタカーで下北半島を北上することにしていた。八戸からそのまま大湊に向かうのではなく、せっかくなので、八戸にあった遊廓跡を訪ねてみることにした。
その遊廓の名は小中野(こなかの)遊廓という。
駅からナビを頼りに二十分ほど走っただろうか。一見すると、日本のどこにでも見られるようなごくありふれた住宅街に着いた。遊廓の名残りを伝えているのは、遊廓から転業した旅館と、往時のままの道幅である。
主に戦前に開かれた遊廓というのは、車が楽にすれ違えるほど広々とした一本筋の道を中心にして形成されている。遊廓跡を地図で眺めてみると、周囲の道路と比べて不自然に広い道が目につく。ここ小中野遊廓跡もはっきりとその痕跡が残っていた。
路上駐車をするのにもあまり気を使わず、周囲を歩いてみることにした。
通りの奥まった場所には、遊廓時代の建物をそのまま利用している新むつ旅館という名の旅館が残っている。新むつ旅館の場所から、通りの入り口までは、百メートルほどだろうか。盛時には三十九軒の遊廓があり、百七十人ほどの娼妓がいた。それも今となっては、遠い昔の話である。
話を聞こうにも人の姿が見当たらない。しばし歩いて、今は営業していないクリーニング店を見つけた。人の気配があったので、「ごめんください」と言って引き戸を開けると、中から女性が怪訝(けげん)そうな顔をして現れた。小中野遊廓があった時代の雰囲気を知りたいと尋ねると、特に表情を変えることもなく話をしてくれた。
「私は他所からここに嫁いできたけど、そのころは人が多くてね。夜になれば、賑(にぎ)やかで肩と肩がぶつかるほど歩いていてさ。こんな場所があるのかと驚いたもんですね。最近じゃ、どこにも人がいないですけどね」
- プロフィール
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八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。