よみもの・連載

軍都と色街

第二章 大湊

八木澤高明Takaaki Yagisawa

八戸から六ヶ所村へ


 八戸から大湊まで、下北半島の東側を通るかつての北浜街道を走った。三沢を抜けると、周囲の風景は人家もまばらとなり、沼沢地が目につく荒涼たる葦の原となる。
 先ほどまで歩いた小中野遊廓には、このような言い伝えがあったという。

”北浜やませ吹けば遊女三人”

 東北地方に冷害をもたらすことで知られている北東の風やませ。その風が吹けば、稲作には不向きな土地であるこの辺りの農家は秋の収穫に困り、娘たちを売らなければならない状況に追い込まれたという。
 北浜街道沿いの集落に限った話ではなく、東北地方では、冷害により娘を売ることは、戦前においてはよくある話であった。東北地方の農村の娘たちは、東京へと売られていき、吉原などで身を売ったのだった。一九三四(昭和九)年に東北地方を襲った大凶作によって、特に被害を被った青森県では七千人以上の娘たちが売られていった。
 当然ながら、私が今車を走らせている北浜街道沿いの村々から売られていった娘たちも少なくなかったことだろう。そんなことを想像すると、目の前を流れていく景色がより一層寒々としてくる。
 道路の標識に六ヶ所村という文字が現れた。言わずと知れた原子力発電所から出た核のゴミを処理する核燃料再処理施設など、原子力関連施設が建ち並ぶ村である。
 六ヶ所村を訪ねるのは三度目になる。過去の二度は原発事故に絡む取材だった。二〇一一年東日本大震災の津波により発生した福島第一原発の事故。私は原発事故後、現在も放射線量が高く、住民たちが帰ることができない福島県浪江町津島の帰還困難区域を取材したことがあった。
 その取材の中で、日本列島各地の原発周辺地域というものを訪ねてみようと思い六ヶ所村を訪ねたのだった。そして、福島も六ヶ所村も原発を誘致する以前は、経済的に厳しい状況にあったことを知った。
 私が取材した浪江町津島には、戦後になって満州からの引揚者によって開かれた地区がある。引揚者の入った土地というのは、それまで人が入っていない土地であるから、痩せていて農業には適さない土地である。そこを一から切り開き、畑作からはじまり酪農で生活の基盤を整え、今日に至ったのだが、原発事故により満州に続いて、祖国の日本でも、土地から切り離されるという悲劇に見舞われた。
 六ヶ所村もやはり、満州や樺太からの引揚者たちが入植したという歴史がある。痩せた土地だったこともあり、畑作はうまくいかず、酪農に切り替え、さらには稲作も行ったが、減反政策により、稲作にも活路を見出せなかった。ひと昔前には出稼ぎ、過疎という経済の疫病神が執拗にまとわりついて離れない村ともいえた。
 それが一九六〇年代に巨大開発プロジェクトとして、臨海工業地帯を建設するという「むつ小川原開発計画」が発表されると、村人たちは大いなる夢を見た。その計画が実現すれば、入植者たちは土地を売り、その後は出稼ぎに行かずとも、仕事が得られるというものであったからだ。ところが、一九七〇年代のオイルショックにより計画は画餅に帰した。
 その計画が潰えてから、十年以上が経った一九八四(昭和五十九)年に核燃料施設の誘致計画が持ち上がると、さすがに危険な施設ということもあり反対運動も起きたが、その翌年青森県は施設の受け入れを決定するのである。
 大規模な開発に頼らなければ、経済的な振興は望めないという極めてお役所的な発想が根底にあるのと、危険な施設は中央から離れた場所に置いておくのが好ましいという国の政策が合致したともいえる。
 核燃料再処理工場の誘致により、六ヶ所村は村人の平均所得が千三百万円という青森県で一番リッチな村に生まれ変わった。
 村の中を走ってみれば、一目瞭然であるが、原発関連施設を受け入れた地域に交付される金によって、村役場や公共施設の造りが、これまで走ってきた北浜街道沿いの地区とは、まったく違う。その様はまるで、テーマパークに紛れ込んだような感覚になる。
 ただそれは、原子力という、至極危険な物体で作られた”火上”の楼閣であり、ひとたび引火すれば、一瞬のうちに消え去る運命にある。
 軍都と色街を巡る旅において、原発について触れているのは、軍都にしろ原発にしろ、その根っこにあるのは国と密接に結びつき、国策によって生まれたものに他ならないからだ。
 私からしてみれば、六ヶ所村は、これから向かおうとしている大湊というかつての軍港と同じ文脈のうえに成り立っている。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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