第三章 出師挫折(すいしざせつ)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
それに加え、上社の内部でも新たな問題が起こる。
これまで上社の大祝職は諏訪家の惣領がなるものと決まっていたが、当世になってからは大祝職を務めた後に惣領の座に就くことが慣例となる。そして、ついには諏訪一門の中で惣領家と大祝家が分かれ、別々に継承されるようになった。
このことが新たな内紛の種となってしまう。
「諏訪家の不甲斐ない為体(ていたらく)のせいで、かえって上社と下社の諍いが激化し、大塔合戦の遺恨があの忌まわしい文明の内訌へと繋がってしまったのだ」
高遠頼継が吐き捨てるように言う。
上社と下社の争いが続く文明十二年(一四八〇)、諏訪の大祝家と惣領家が新たな火種を生む。
大祝家の諏訪継満(つぐみつ)が高遠継宗や信濃守護の小笠原政秀と手を結び、惣領家と対峙(たいじ)するようになる。
それに対し、惣領家の諏訪政満(まさみつ)は藤澤家と共に松本府中(ふちゅう)の小笠原長朝(ながとも)と通じるようになった。
さらにこの年、小笠原長朝は下社の金刺家とも結び、大塔合戦の遺恨があった仁科(にしな)盛直(もりなお)を穂高川(ほたかがわ)の戦いで破る。しかし翌年、仁科家が頼った惣領家の諏訪政満に反撃され、呆気なく敗れてしまう。
ここに至り、上社と下社の抗争に加え、諏訪家の分裂と小笠原家の分裂が複雑に絡み合い、解決困難な様相を呈してくる。
そして、文明十五年(一四八三)正月、ついに最悪の事態を迎えてしまう。
大祝家の諏訪継満は高遠継宗や金刺興春(おきはる)と組み、新年の饗応に招いた惣領家の諏訪政満と子息の若宮丸(わかみやまる)、弟である埴原田(はいばらだ)小太郎(こたろう)らを謀殺してしまった。
これを知った諏訪惣領家の縁者や諏訪神党の社家衆が結託し、大祝家の諏訪継満を攻撃して干沢(ひざわ)城へ追い込んだ後、諏訪郡高遠へ追放する。
さらに共謀した金刺興春を討ち取り、下社を取り囲んで社殿を焼き払い、一帯を灰燼(かいじん)と化した。
下社は永年にわたる上社との抗争で衰退し始めていたため、大祝の金刺興春が諏訪家の内訌を利用して起死回生を図ろうとした。それが完全に裏目となってしまった。
金刺興春が討死した後、嫡男の盛昌(もりまさ)が下社の大祝職を継ぎ、ついで子の金刺昌春に受け渡した。
一方、上社の内紛は、政満の跡を嗣いだ諏訪頼満によって治められた。
再び統一された諏訪家が下社大祝の本拠地である萩倉(はぎくら)の山吹(やまぶき)城に攻め入り、追い詰められた金刺昌春は諏訪を脱出し、武田信虎を頼って甲斐へと落ち延びる。
信虎は金刺昌春を匿(かくま)い、甲斐の新府に屋敷まで与える。それには大きな狙いがあった。
下社を復興するために金刺昌春を押し立て、諏訪へ侵攻するという目論見である。
信濃進出の大義名分を得た武田信虎は、容赦なく諏訪へ攻め入った。
新たな敵が出現し、再び諏訪は争乱の地となる。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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