第三章 出師挫折(すいしざせつ)24
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「なるほど、それで北条家の縁戚であるはずの晴氏様が、関東管領の側についたと」
「山内上杉憲政殿は北条討伐を名目に坂東の勢力をまとめあげた後、当家にも挟撃を持ちかけてきた。もちろん、その時に抜かりなく晴氏様の御内書も添えて。そこまでされては、余としても、この話を無下にはできぬ」
「確かに」
晴信(はるのぶ)が頷(うなず)く。
「そこで、余はこの話に晴信殿にも一枚噛んでいただこうと考えました。上野(こうずけ)の関東管領殿が起こす戦(いくさ)となれば、今後、佐久(さく)辺りにまで影響を及ぼすであろうし、今川(いまがわ)家と武田家が親密な関係にあることを坂東の者には知らしめておいた方がよい。すでに御二方から内諾を取ってあり、晴氏様からは『武田家には是非とも与力(よりき)してもらいたい』という御言葉をいただいておりまする」
「では、この河東(かとう)への出陣は、坂東での大戦(おおいくさ)の陽動のために行われると?」
晴信の問いに、義元は薄く笑う。
「陽動といえば、確かに陽動。されど、われらに実利がないわけではなく、坂東の大軍が北条方の城を攻めると知っていたならば、御二方からの要請がなくとも河東の奪還に出張っていたでありましょう。いずれにしても、結果は同じこと。ただ、こうして晴信殿とお会いできたことも含め、今の方が遥かに戦の筋立てが良いとは思えませぬか」
「さように思いまする。いや、実に貴重なお話を聞くことができ、有り難く思いまする」
「真意を理解していただけたのならば、余としても本望」
「して、坂東の軍勢はどのくらいの兵数で、どこの城から攻めるつもりなのでありましょうや?」
「晴氏様と憲政殿の威光でまとめ上げた軍勢は、少なく見積もっても六万。いや、それ以上になるやもしれぬ。そして、その最初の標的は河越城」
「六万以上の軍勢……」
晴信は茫然(ぼうぜん)と呟(つぶや)く。己が想像した兵数を遥かに超えていたからだ。
「……では、河越城の守兵は?」
「河越城は氏康殿の義弟、北条綱成(つなしげ)が城将を務め、城兵は多めに見ても三千強。勝敗は、九分九厘見えている」
「三千の守兵に六万以上の軍勢……。考えただけで身の毛がよだつ」
そう呟きながら、晴信は背筋に寒気を覚える。
「北条家にとっては正念場ということか……」
「あとは氏康殿が観念し、義弟と城兵を救うために、いかような条件で和睦を申し入れるかということになりましょうな」
義元は静かな口調で付け加える。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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