第三章 出師挫折(すいしざせつ)24
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
戦支度を調えながら半月が経ち、九月の上旬に出陣してほしいという要請が今川家から届く。
まずは先陣を受け持った信方が大石寺を目指し、晴信が率いる本隊は本栖城へ入る。今川勢は太原雪斎が采配を持ち、北条長綱(ちょうこう)が籠もる吉原(よしはら)城へ兵を寄せた。
すると、本栖城に北条家からの早馬が駆け付け、晴信に氏康からの書状が届けられた。
その内容は要約すると「今川家と河東で戦になりそうだが、武田家とは休戦の約定があるので、この争いには今川の援軍として加わらないと信じている」ということだった。
晴信はそれを原(はら)昌俊(まさとし)に見せ、意見を求める。
「いかように思うか、加賀守(かがのかみ)?」
「おそらく北条氏康は周囲の異変に気づいているのでありましょう。それゆえ、先手を打つ形で当家に念を押してきたのではないかと」
「ならば、今川家からの援軍の要請に薄々感づいているということか」
「それだけではなく、先日の義元殿のお話通り、武蔵で何かしらの動きが起きているのではありませぬか。坂東勢とわれらが連携しているかどうかわからぬゆえ、探りを入れてきたのではありますまいか」
「ならば、どのような返事をすればよいか……」
思案顔の晴信に、原昌俊は意味ありげな笑みを見せる。
「しばらく放っておきましょう。信方の先陣が吉原城に向けて動けば、嫌でも気づくはずゆえ」
「では、様子を見るとしよう」
晴信は急いで返書を送ることを止めた。
翌日、信方の先陣が今川勢と連携し、北側から吉原城に迫り、晴信の本隊は先陣がいなくなった大石寺へ入る。
その動きを知り、城将の北条長綱と一千ほどの兵は城を捨て、東の長久保(ながくぼ)城へ逃げ込む。
自落だった。
戦わずして勝利を得た今川勢と信方の先陣は吉原城へ入る。報告を受けた晴信も大石寺を出立し、吉原の今川本陣で義元と合流した。
「お約束通りに参りましたが、ほとんど何もせず仕舞いでありました」
両手を合わせて立礼しながら、晴信が言った。
「いやいや、武田菱(びし)の旗幟(はたのぼり)を見て、北条の者どもも恐れをなし、城を捨てたのでありましょう。援軍、感謝いたしまする」
今川義元も立って礼を返す。
「晴信殿、どうぞ、こちらへお掛けくだされ」
義元は幔幕裡(まんまくうち)の床几(しょうぎ)を示す。
「それでは遠慮なく」
晴信は床几に腰掛け、義元も向かい合うように座った。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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