第四章 万死一生(ばんしいっしょう)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
晴信と武田勢はほぼ無傷で城攻めを終え、捕縛された大井貞清は新府へ送られる。代わりに上原(うえはら)虎満(とらみつ)(※後の小山田〈おやまだ〉昌辰〈まさたつ〉)が駆け付け、内山城を預かった。
晴信は前山(まえやま)城へ戻り、先陣の者たちを労(ねぎら)う。その際に、北の井戸へ向かった金掘(かねほり)衆を呼び、目通りを許した。
「こたびは敵の水の手を断つことが策の要(かなめ)であった。そなたらの働きに感謝する。名はなんと申す?」
畏(かしこ)まっている二人に問いかける。
「……黒川(くろかわ)金掘衆の頭領、田辺(たなべ)清衛門(せいえもん)と申しまする」
「……同じく子方の中村(なかむら)弾左衛門(だんざえもん)と申しまする」
「そなたらは塩山(えんざん)の者たちか?」
晴信の問いに、二人は顔を見合わせる。
「……はい。塩山上萩原(かみはぎはら)に村がありまする」
田辺清衛門が上目遣いで答えた。
「余は黒川金掘衆に興味がある。話を聞かせてくれぬか」
「あ、はい……。わしらは鶏冠山(けいかんざん)(黒川山〈くろかわやま〉)の麓に住んどりまして、あの御山は昔から修験者(しゅげんじゃ)の霊場にござりました。修験の者たちは修行のために散策をしますが、そのためには水場を見つけることが重要で、まずは渓谷を拠点にいたしまする。修験者は山菜採りの知識を持つのと同じように、金石(きんせき)を見極める能を持っておりまする。金石は里で雑穀などと交換できますゆえ、重宝いたしまする。やがて、修験者たちの後裔(こうえい)に金石を見極める術が引き継がれ、金掘衆となりました。黒川の渓谷では珍しい光る砂が採れるということで、それを生業(なりわい)としたのがわれら黒川金掘衆にござりまする」
「その光る砂が、つまり砂金か」
「……はい。砂金採りは武田信昌(のぶまさ)様や信縄(のぶつな)様が御惣領(ごそうりょう)の時に庇護(ひご)を受け、たいそう栄えましたが、先代の御屋形(おやかた)様は見向きもなされなかったので、今は廃(すた)れ始めておりまする。それゆえ、こうして戦場(いくさば)で出稼ぎをしておる次第で……」
「そうなのか……。それは済まぬことをした。ところで、そなたらの他に金掘衆はおらぬのか?」
「たくさんおりまする。金掘衆は縄張りの確認のために横の繋がりが強く、わしらの他にも富士川(ふじかわ)の湯之奥(ゆのおく)、早川(はやかわ)の黒桂山(つづらやま)、丹波山(たばやま)、竜喰山(りゅうばみやま)、牛王院平(ごおういんだいら)に衆がおり、頭領同士は顔見知りにござりまする」
「さようか……」
そう言いながら、晴信は思案する。
――この機会に金掘衆をまとめ、禄(ろく)を与えて傘下に取り込んだ方がよいかもしれぬ。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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