第四章 万死一生(ばんしいっしょう)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「田辺清衛門、こたびの働きには褒美を取らせるが、それとは別に新府へ来てくれぬか。その際にそなたが他の金掘衆の頭領をまとめて連れてきてくれぬか。金山の採掘について色々と話を聞きたいし、再び当家からの庇護を与えてやれるかもしれぬ」
「……ま、まことにござりまするか!?」
「金掘の生業は生業とし、戦(いくさ)の時に与力してもらえれば褒美も出せる。そのために衆それぞれに俸禄を与え、金石の商いに関しては当家が請け負うということだ」
「そ、それは願ってもないことにござりまする。すぐに近隣の頭領どもを集め、話をさせていただきとうござりまする」
「よし、決まった。では、新府で再会しよう。本日は大儀であった」
「あ、有り難き仕合わせにござりまする」
田辺清衛門と中村弾左衛門が平伏した。
隣で話を聞いていた信方と原虎胤が思わず顔を見合わせる。
目通りが終わった後、原虎胤が感心したように信方へ話しかける。
「……何というか、御屋形様は見えているものが違うな。われらのように目先の戦いだけでなく、戦の先にあるものを見据えておられる」
「戦の利をいかに内政で使うかと、常に考えておられるからな。されど、あの御決断の疾さには舌を巻かされる。まるで直感と理が同時に働いているようだ」
「まことだな。まごうことなき君主の器であらせられる。われらの判断は間違っていなかった」
原虎胤はしみじみと呟(つぶや)いた。
晴信は前山城でしばらく様子を見た後、志賀(しが)城の笠原(かさはら)清繁(きよしげ)に何の動きもないことを確認し、諏訪(すわ)へと帰還する。上野(うえの)城で戦勝祝いを行ってから新府へ戻った。
そして、五月も終わりに差しかかった頃、京の都から晴信に一報が届けられる。
公卿(くぎょう)の三条西(さんじょうにし)実澄(さねずみ)(※後の実枝〈さねき〉)と四辻(よつつじ)季遠(すえとお)が御主上(みかど)の御綸旨(ごりんじ)を携え、甲斐へ下向するという知らせだった。
綸旨とは「綸言の旨」を略した言葉であり、天皇の勅旨を受けて蔵人所(くろうどどころ)が出す奉書のことである。
――待ち望んでいた朗報に違いあるまい。これで諏訪をはじめとし、信濃(しなの)を統(す)べる大義名分の一端が揃うはずだ。
晴信は昨年から妻の実家である三条家を通して朝廷に働きかけを行ってきた。
どうやら、その答えが返ってくるらしい。
勅使の一行は東海道を下り、六月二日に駿府(すんぷ)で今川(いまがわ)義元(よしもと)の歌会に参加し、三条西実澄と四辻季遠は寄寓(きぐう)していた冷泉(れいぜい)為和(ためかず)と再会する。今川家の手厚い饗応を受けた後、六日に駿府を出立し、六月十一日に甲斐の新府へ到着した。
晴信は躑躅ヶ崎(つつじがさき)館で一行を出迎え、さっそく歓迎の宴席を設ける。そこで三条西実澄から御綸旨が「官位についての奉書」であることを告げられた。
そして、六月十六日に躑躅ヶ崎館の大広間で御綸旨下賜の祝儀が行われ、三条西実澄から朝廷の使者としての口上が述べられる。
「……以上、御綸言の旨に則(のっと)り、武田、源(みなもとの)、晴信殿を信濃守に補任いたしまする」
「謹んで、お受けいたしまする」
晴信は神妙な面持ちで奉書を受け取った。
御綸旨は信濃守補任の通達であり、これこそが三条家を通じて朝廷に奏上していた晴信の願い事だった。諏訪の統治と今後の信濃侵攻を見据え、大義名分としての官位を求めたのである。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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