よみもの・連載

信玄

第四章 万死一生(ばんしいっしょう)12

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「……それがしも肚(はら)を括(くく)りまする。その上で御屋形様、お願いを聞いていただけませぬか」
「何であるか?」
「三百ほどの足軽隊を、この身にお預けいただけませぬか」
「よかろう。三枝(さえぐさ)虎吉(とらよし)の一隊を使うがよい」
「有り難うござりまする。加えて、われらの諜知と使番(つかいばん)の報告を連係させたく存じますが、どのようにすればよろしゅうござりまするか?」
「信繁(のぶしげ)と工藤(くどう)昌祐(まさすけ)に使番たちの動きをまとめさせるゆえ、話し合ってくれ。その間に、余は鬼美濃(おにみの)たちと追跡隊の編制について話し合っておく」
「お願いいたしまする」
「今宵一晩、様子を見た後、明日から兵を動かすぞ」
「はっ。承知いたしました。では、後ほど」
 素早く一礼し、跡部信秋は踵(きびす)を返した。
 晴信は陣馬奉行の加藤(かとう)信邦(のぶくに)、信繁、原(はら)昌胤(まさたね)を呼び、跡部信秋との話を伝える。
「信邦、若くて脚が使えそうな足軽を見繕い、三枝虎吉を頭として伊賀守に付けてもらいたい。それと、鬼美濃をはじめとした侍大将を集め、伏兵の追撃隊を編制する。すぐに招集をかけてくれ」
「はっ!」
 加藤信邦が手配りのために走る。
「信繁、そなたは昌祐を連れ、伊賀守の処(ところ)へ行き、使番の編制について話し合ってくれ」
「承知いたしました」
 信繁も小さく頭を下げ、己の役目に走った。
「昌胤、そなたは評定の支度だ。まずは、薄茶だ」
「はっ!」
 原昌胤は評定の支度をするため、講堂へ向かった。
 ――敵は今宵も何かを仕掛けてくるであろう。戸惑うた振りをし、われらが身を竦(すく)ませた様を見せてやる。その後は必ずや、尻尾を摑んでくれるわ。
 晴信は腕組みをし、白く凍る息を吐いた。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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