第四章 万死一生(ばんしいっしょう)12
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「ただし、この策には問題もござりまする」
「何であるか?」
「寄手の兵に騎馬は使えませぬ。夜陰に乗じて足軽衆が身を隠しながら東虎口へ迫り、備えを崩しながら泥臭く攻め入るのが肝要かと。すなわち、駿河守殿には似つかわしくない戦いではないかと存じまする」
跡部信秋はそれとなく信方の表情を窺う。
「それは違うな、伊賀守」
「と、申されますると?」
「この身も元々は泥臭き足軽頭の出だ。最初から颯爽(さっそう)と馬上で戦うていたわけではない」
「……これは失礼をば、申し上げました」
「されど、諜知を担う透破衆をさように使うてもよいのか?」
「元々、透破は戦の際に奇襲まで担える衆として育てるつもりでありました。こたびはその試金石にござりまする」
「さようか。ならば、そなたの策に乗ろう。決行は明日の夜でよいか?」
「構いませぬ」
「豊後殿、甘利もそれでよいか?」
「異論ありませぬ」
甘利虎泰が答える。
「右に同じく」
室住虎光が頷いた。
「ということだ、伊賀守。さっそく支度にかかってくれ」
「駿河守殿、あとひとつだけ」
「何だ」
「この小県から山中深く分け入ったところに、古から修験(しゅげん)の霊場であった四阿山(あづまやま)があり、周辺には山の地勢に詳しい修験僧が数多くおりまする。それらの頭領を務める者を探しあてましたので、われらの諜知に協力させたいと考えておりまする。特に、砥石城攻めとなりますれば、特殊な山城の攻略となりますゆえ、修験僧や猟師を味方につけておいた方がよいと思いまする」
「なるほど、先々を見据えた策か。して、それがしには何を?」
「駿河守殿から御屋形様に、その件をご進言いただけませぬか。それなりに褒美の件なども関わってきますゆえ、それがしから進言するよりも御耳を拝借しやすいのではないかと」
「それがしに露払いをせよ、と?」
「……いいえ、滅相もござりませぬ。分際をわきまえておりますゆえ」
「よかろう。こたびの策がうまくいったならば、透破衆への褒美も合わせて進言しよう」
「お心遣い、かたじけなく」
跡部信秋はうやうやしく頭を下げた。
尼ヶ淵砦夜襲の策は、すぐに信方から本陣の晴信へも伝えられた。
跡部信秋は腹心の蛇若を呼んで伝える。
「われらの策が採用されたぞ。そなたは予定どおり、腕こきの者どもを率いて下拵(したごしら)えをしておけ。決行は子の刻(午前零時)ちょうどだ。火を放つと同時に、烽火(のろし)を上げよ。それが合図だ」
「はっ!」
「抜かるなよ」
「お任せを」
透破頭の蛇若は短く答え、すぐに身を翻した。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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