よみもの・連載

信玄

第四章 万死一生(ばんしいっしょう)12

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 一方、先陣では状況を見極めるため、信方(のぶかた)が甘利(あまり)虎泰(とらやす)と室住(むろずみ)虎光(とらみつ)と話し合いを行っていた。
「今宵の合図はどうやら西側から出されているようだな。ということは、やはり尼ヶ淵砦からか」
「近くまで出た物見からの報告によれば、おそらく尼ヶ淵であろうと」 
 甘利虎泰が答える。
「もうひとつの合図は、小牧山からでありましょう」
「跡部が申すには、あの小牧山には三つの砦があるそうな」
 室住虎光が付け加える。
「山頂に上の砦、そこから下ったところに下の砦。そして、南東の川岸に大手(おおて)砦があり、これらを合わせて一応、小牧城と呼ぶようじゃ。実戦において、さして役に立たぬ対岸の山城に兵を入れる敵の気持ちがわからぬ。よほど太鼓を鳴らすのが好きなのか。あるいは嫌がらせが好きなのか?」 
「ともあれ、御屋形様からは、先陣が伏兵を見つけたならば、自らの判断で攻撃して良しとの御下命をいただいた。小牧山はともかく、尼ヶ淵砦に敵がいるならば叩いておいた方がよいのではないか。そなたらはどう思う?」
 信方の問いに、甘利虎泰と室住虎光が顔を見合わせる。
「……もちろん、異存ござりませぬ」
 甘利虎泰が頷(うなず)きながら言った。
「四班のうち一隊を動かすということであろうか?」
 室住虎光が訊く。
「そうなるであろうな。明日、伊賀守が諜知を行うために、こちらへやって来る手筈(てはず)になっておる。夜中に尼ヶ淵砦の敵兵数を確かめるそうだ。仕掛けようと思えば、明後日の払暁あたりからでも仕掛けられる」
「手をこまぬく必要もありますまい。敵の陣容がわかり次第、早々に片付けましょう」 
 甘利虎泰が答えた。
「おそらく、明後日の払暁ならば、それがしの隊になる。豊後(ぶんご)殿、そなたにはここの守りを託したいのだが」
「わしでよければ是非に」
「甘利、そなたは遊軍として控えていてくれぬか。もしも、別のところから奇襲があったならば、対応してもらいたい」
「承知いたしました」
「御屋形様は兵を細分してでも戦を動かすとお決めになられた。われらも素早く果敢に動こうではないか」
「承知!」 
 甘利虎泰と室住虎光は同時に声を発した。
 こうして武田勢の先陣で伏兵掃討の作戦が始まった。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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