よみもの・連載

『琉球建国記』刊行記念 特別対談 今野敏 × 矢野隆
―「琉球」を書く―

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

今野
なるほど。こうした構図を描く作品だからこそ、『琉球建国記』には、びっくりもしたんですよ。私は琉球空手をやってきて小説も書き、もはや心は琉球人のつもり、いわばエセ琉球人なので(笑)、読む際もそちらの視点に思いっきり寄っていく。その観点からすると、通常であれば悪党のイメージである加那が主人公になっているということに、まずは非常に驚くわけです。たしかに、琉球の古い歌謡集である『おもろさうし』のなかで、彼が英雄として書かれている部分もあります。しかし通常のイメージとして、そして私自身も、加那のことは極悪人として捉えていました。矢野さんの解釈は面白いと思います。
矢野
ありがとうございます。初めて琉球という題材に取り組むとき、ここに焦点を絞って書こうと思ったのが、加那(阿麻和利)の造形でした。
今野
そこに驚いていると、金丸という人物があんなに悪いやつだということに、二度びっくりする。のちに第二尚氏をはじめる尚円王であるわけですから、琉球人にとってはヒーローです。それが、権謀術数をめぐらせる大悪党として描かれている。ああやって策略をめぐらせる参謀というのは、読み物としてはとても面白いからこそ、驚きながら読みました。
矢野
加那の造形と共に、強く意識していた部分ではありました。以前に『我が名は秀秋』(講談社文庫)という、小早川秀秋を主人公にした小説を書いたことがあります。関ヶ原での愚鈍な裏切り者というイメージが定着している秀秋ですが、いや、そんな愚か者ではなかったんじゃないか、という視点で書いていったんですね。今回も琉球という国を、視点を変えて書いていこうとした――その思いは大きいです。金丸にかんしても、“理(ことわり)のない悪”を書いたつもりはなくて、ちゃんと信念がある人なんですよね。浅薄(せんぱく)な欲で動いているのではなく、統治ということに対する信念がある。統治する/統治されるということはイコールであるといいますか。人は統治されることで安心する、だから統治し、コントロールする者がいるんだという信念に則(のっと)って、彼なりに動いているんです。
プロフィール

今野敏(こんの・びん) 1955年北海道生まれ。78年、上智大学在学中に「怪物が街にやってくる」で第4回問題小説新人賞を受賞。レコード会社勤務を経て、執筆活動に専念。2006年『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞、08年『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞を受賞。17年「隠蔽捜査」シリーズで第2回吉川英治文庫賞を受賞。空手有段者で、道場「少林流空手今野塾」主宰

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞を受賞。時代・歴史小説を中心に執筆し、人気ゲームやマンガのノベライズも手がける。著書に『慶長風雲録』『斗棋』『山よ奔れ』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』『とんちき 耕書堂青春譜』『さみだれ』「戦百景シリーズ」など。

江口洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長