よみもの・連載

『琉球建国記』刊行記念 特別対談 今野敏 × 矢野隆
―「琉球」を書く―

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

今野
うーん、あくまで私個人のことですが、正直に言いますと、昔は喜んで書いていたんですよ。ただ、あるとき気が付いたんです。私が喜ぶほどには、読者は喜んでいないな、と(笑)。向かい合った緊張感と、その結果どちらが勝ったのかということを読者は早く知りたいのであって、だからいまはなるべく書かないように、書くときもそうした肝要な描写へと早く文章を運ぶようにしていますね。そもそも一視点で書いていると、戦いの場面というものは、実はそんなに長く書けないんですよ。二視点ならば、視点を入れ替えることでたくさん書けるんだけれど、その片方の立場だけだとそんなに長く書けないし、書く必要もない。
矢野
なるほど。
今野
あと、私に強さというものがもしあるとすれば、それは「殴られた経験がいっぱいあること」だと思うんです(笑)。つまり、相手と向かい合ったときに何が一番に思い浮かぶかというと、過去に誰かにやられたときの痛みなんですよ。それを知らない人というのは、ついつい戦いを書き過ぎちゃうし、「こうやられたらこう」というような段取りも書きこみ過ぎてしまう。でも実は、そうじゃないんですよ。殴られたときの痛み、ガーンときて目に星が散ったときの感覚さえ書けばいい、と私は思っているんですね。
矢野
今野さんの『武士マチムラ』には、主人公・松茂良興作(まつもらこうさく)が、薩摩の侍を相手に手ぬぐい一本で戦うシーンがありますよね。相手が刀を振りかぶろうとした瞬間、相手の刀に手ぬぐいを振り下ろして、刀身にくるくると巻きつかせ、一瞬で奪ってしまう。見事に相手の上をいったわけですが、ふと気がつくと自分の右手が血で濡れていて、小指の先が斬り落とされていることがわかる、という場面です。主観というものは、本当にああいう感じですよね。アドレナリンがバーンと出ていて、斬られたことなんかわからず夢中のままに戦いを終えて、あっ、と気づくという。
今野
その瞬間は、わからないんじゃないかと思うんですよ。これも、私の実感から来るものです。試合に出ると、そのときはそんなに痛くないんですよ。
矢野
そうですよね、アドレナリンが出ていますから。
今野
試合が終わって引き上げるころになると、体中、痛くて痛くて(笑)。
矢野
顔を殴られた次の日なんかは、もう……(笑)。
今野
見事に腫れあがってしまいますね、ハハハ。しかもなぜか目のまわりが黒くなるという。
江口
武道に邁進(まいしん)されるおふたりだからこそわかりあえる境地があるわけですね。
プロフィール

今野敏(こんの・びん) 1955年北海道生まれ。78年、上智大学在学中に「怪物が街にやってくる」で第4回問題小説新人賞を受賞。レコード会社勤務を経て、執筆活動に専念。2006年『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞、08年『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞を受賞。17年「隠蔽捜査」シリーズで第2回吉川英治文庫賞を受賞。空手有段者で、道場「少林流空手今野塾」主宰

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞を受賞。時代・歴史小説を中心に執筆し、人気ゲームやマンガのノベライズも手がける。著書に『慶長風雲録』『斗棋』『山よ奔れ』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』『とんちき 耕書堂青春譜』『さみだれ』「戦百景シリーズ」など。

江口洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長