よみもの・連載

『琉球建国記』刊行記念 特別対談 今野敏 × 矢野隆
―「琉球」を書く―

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

矢野
……いや、これは非常に繊細な話題になるのですが、ここ数日の世界情勢を見ていても(編注:対談はロシアがウクライナに軍事侵攻を開始した翌日に行われた)、私の目にはどうしても沖縄の歴史が重なって見えるところがあります。今野さんが「お主」という言葉を通じて感じていらっしゃることの根幹もまた、そこにあるわけですから。僕も今野さんのもとで一日体験をして以来、琉球空手をやるようになったわけですが、すると技の名前ひとつとっても、自分が慣れ親しんだものとは響きが違う。今野さんの琉球空手評伝シリーズで書かれてきた主な時代は、明治初期ですよね。日本の一部として沖縄が組み込まれていく、そんな過渡期に生きる武道家たちのことが書かれている。あのシリーズをすべて拝読しながら、本当にいろいろと勉強になりました。
今野
あれは、私にとっての「ノート」でもあるんですよ。そのとき、そのときに学んでいったこと、得た知識を、忘れないように書きつけていくノートという面がある。二作目の『武士猿(ブサーザールー)』(2009年)以降、『チャンミーグヮー』(2014年)、『武士マチムラ』(2017年)、そして昨年の『宗棍』というように本になってきたのですが、連載媒体は「琉球新報」でした。改めて、よく書かせてくれたなと思います。私自身、最初は「琉球新報でヤマトの作家が琉球空手を書く」ということに、ものすごくびびっていました。実際に当初は、抗議の電話もあったそうです。
矢野
そうですよね。
今野
おかげさまで、いい反響もたくさんいただきました。『武士猿』の主人公・本部朝基(もとぶちょうき)という人は、沖縄では有名人ということもありましたから。それにしても緊張していましたし、のちに刺激的なことも耳にしました。最近の沖縄の若い人は、県外に住む人のことを「ナイチャー」とよく言うんですけれど、ある記者が「ウチナンチューの反対語はナイチャーじゃないですよ」と怒っているんですよ。「ナイチャーというのは内地という意味じゃないですか、じゃあ僕たちは『外』なのか」と。「ウチナンチューの反対語はヤマトンチューですからね」と言われて、ああ、なるほど……と思った。このように、沖縄という土地をめぐるさまざまなニュアンスが、だんだんと私の体にも沁(し)み込んでいきました。
プロフィール

今野敏(こんの・びん) 1955年北海道生まれ。78年、上智大学在学中に「怪物が街にやってくる」で第4回問題小説新人賞を受賞。レコード会社勤務を経て、執筆活動に専念。2006年『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞、08年『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞を受賞。17年「隠蔽捜査」シリーズで第2回吉川英治文庫賞を受賞。空手有段者で、道場「少林流空手今野塾」主宰

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞を受賞。時代・歴史小説を中心に執筆し、人気ゲームやマンガのノベライズも手がける。著書に『慶長風雲録』『斗棋』『山よ奔れ』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』『とんちき 耕書堂青春譜』『さみだれ』「戦百景シリーズ」など。

江口洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長