よみもの・連載

『琉球建国記』刊行記念 特別対談 今野敏 × 矢野隆
―「琉球」を書く―

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

今野
第二尚氏を打ち立てることができたのですから、魅力的な人だったと思うんですよね。重ねて書き方が難しいなと思うのは、これは日本の戦国時代の大名のような話 ではない、ということなんですよね。王になろうとして覇権を争っているわけですから、むしろヨーロッパで起こってきた戦争のようなイメージとして捉えたほうがいい。日本における戦とはちょっとニュアンスが違うわけで、書くのが難しい時代だからこそ、矢野さんがやられたことはすごいと思います。私には怖くてとても書けなかったですし、『琉球建国記』という小説は、大変なチャレンジだったと感じます。あの時代を、こうやって書く勇敢な人が出てくるとは、思いもしませんでした。
矢野
いえいえ、そんな……。
今野
だって、本当にわからないことだらけでしょう? 時間が果てしなくかかるはずです。一行書いては調べ、調べては書いての連続になるということが容易に想像つきますし、それでは仕事にならない(笑)。これはやっぱり、度胸をもって書いた人の勝ちです。
矢野
調べて書いた説明の部分も、あまりに長すぎてはよくないと、ずいぶん削っていきました。
今野
そのあたりのバランスも大事ですよね。説明しないとわからないし、説明しすぎちゃうと今度はうざったいですから。
矢野
今回、日本の歴史のなかで琉球をどうとらえればいいのかという難題にも、正面から向かい合うことになりました。本当に、考えさせられましたね。
今野
そのあたりは、すごく苦労しただろうなと思って読んでいました。たとえば、二人称。『琉球建国記』では、「お主(ぬし)」と相手のことを呼んだりするけれど、これは日本語ですから。当時はそういう言葉を使っていないわけですけれど、現代の小説として書くにあたって、そうした選択にはおそらく悩まれただろうな、と。
矢野
沖縄というのはどういう場所なのか、深く考えることになりました。読者の皆さんのことを考えても、それこそ金丸のことも含めて、沖縄の方がどう読んでくださるのか実は不安もありまして……。
今野
いえ、楽しく読んでもらえると思いますよ。私のようなエセ琉球人が、余計に沖縄に寄って考えてしまうだけですから(笑)。
矢野
それは安心しました(笑)。
プロフィール

今野敏(こんの・びん) 1955年北海道生まれ。78年、上智大学在学中に「怪物が街にやってくる」で第4回問題小説新人賞を受賞。レコード会社勤務を経て、執筆活動に専念。2006年『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞、08年『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞を受賞。17年「隠蔽捜査」シリーズで第2回吉川英治文庫賞を受賞。空手有段者で、道場「少林流空手今野塾」主宰

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞を受賞。時代・歴史小説を中心に執筆し、人気ゲームやマンガのノベライズも手がける。著書に『慶長風雲録』『斗棋』『山よ奔れ』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』『とんちき 耕書堂青春譜』『さみだれ』「戦百景シリーズ」など。

江口洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長