よみもの・連載

『琉球建国記』刊行記念 特別対談 今野敏 × 矢野隆
―「琉球」を書く―

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

矢野
構想があるというわけではないんですが、私が『三国志』で好きな曹操(そうそう)のような人に、金丸は見えるんです。たしかに一見憎らしいのかもしれないけれども、こうやって泥水に手を突っ込んで罪業を背負ったからこそ、人の上に立っていくといいますか。
今野
その解釈はいいかもしれませんね、作家それぞれの視点がありますから。
江口
おふたりのお話をうかがいながら作品のことを考えると、琉球という同じ土地やテーマを描いていても、今野さんと矢野さんの小説では、流れている空気が違いますよね。今野さんの小説はどこか穏やかなところがあって、矢野さんはシビアな方向に筆が向かっていきます。
今野
それこそ、作家の性格じゃないですかね(笑)。
江口
たしかに性格的なものは大きいかもしれませんが……(笑)、矢野さんはどう思われますか。
矢野
たとえば『宗棍』という小説には、今野さんの空手の道というものが、にじんでいるように感じます。武とは何かと問われたときに僕は、相手を殺すことではないのではと思うんですが、そうした武を極めることの一端が、『宗棍』の牛のシーンに現れている気がするんです。
江口
宗棍が武術指南役を務める国王から、闘牛用の牛と闘えと命じられた場面ですね。宗棍は引き受けるかわりに七日の猶予がほしいといって、ある策を講じます。
矢野
とてもユーモラスなエピソードでして、読者の方はぜひ実際にお読みいただきたいのですが、端的にいえば「人には人の闘い方」があると言って、ひとつの方法を採るんですね。あれもまた武なのだと笑って言えるということは、今野さん自身が修行されてきたからこそできるものだと思うんです。僕も武道をやっているからわかるのですが、「相手がこう来たときには、こうやってこう倒す」ということが武、というような短絡的な捉え方にしばしば陥りがちです。しかし、そうではない道があるのだということは、長く真摯に武道に向き合われてきた方だからこその答えだろう、と。今野さんの作品に流れる空気感というものは、こうした武道に励む方としての姿勢の表れのように感じます。
今野
自分では考えたことはなかったけれど、たしかに、そこに通じるという考え方はあるかもしれませんね。
矢野
先ほど触れたように僕は居合をやっているのですが、今野さんに最初にお会いしたときに、「僕がバッと刀を抜いたらどうされますか」と聞いたんですよね。すると今野さんは、「逃げる」とおっしゃるんです。
今野
それは逃げるよ、相手が剣を持っていたら。
矢野
僕も、それが一番正しいと思うんですよ。その真剣を手で取って、というような話より、真実味がある気がするんです。そうした本当の強さといいますか、おおらかさのようなものを、今野さんの作品を拝読していると感じるんですね。
今野
なるほどね。もうひとつ、空気感ということで言えば、あるテクニックが関係しているかもしれません。私は基本的に、一視点でしか書かないんですよ。主人公なら主人公、その視点人物の心の揺れというものが、小説が終わるまでずーっと続いていく。それが私の作品の空気感につながっているんだろう、と。多視点だと、こうはいかないんです。小説が構造的になっていきますからね。
江口
興味深いお話です。そこで思い出されるのですが、武術の道で研鑽(けんさん)されているおふたりの作品それぞれに、戦や立ち合いといった、人と人が対峙(たいじ)するシーンが描かれますよね。そのときはどういったことを意識されているのでしょうか。
矢野
僕の場合、自分でやるだけではなく、格闘技を見ることも好きなんですよね。小説の場合は、どちらかというとそうした第三者的な立ち位置から書くことが多いかもしれません。個人と個人の立ち合いだけではなく、それこそ戦のように広い視点から見ることもあるし、武器を用いる場面が多いので、斬るというような動きを書くことに面白さを感じることもあります。
プロフィール

今野敏(こんの・びん) 1955年北海道生まれ。78年、上智大学在学中に「怪物が街にやってくる」で第4回問題小説新人賞を受賞。レコード会社勤務を経て、執筆活動に専念。2006年『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞、08年『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞を受賞。17年「隠蔽捜査」シリーズで第2回吉川英治文庫賞を受賞。空手有段者で、道場「少林流空手今野塾」主宰

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞を受賞。時代・歴史小説を中心に執筆し、人気ゲームやマンガのノベライズも手がける。著書に『慶長風雲録』『斗棋』『山よ奔れ』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』『とんちき 耕書堂青春譜』『さみだれ』「戦百景シリーズ」など。

江口洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長