よみもの・連載

信玄

第三章 出師挫折(すいしざせつ)19

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 その頃、上原城では、三人の漢(おとこ)が密かな会合を行っていた。
 信方から話を聞かされた跡部信秋(のぶあき)は小さく両手を振る。
「……いや、いや、いや……確かに、あの娘を見つけたのは、それがしにござりまする。されど、まさか御屋形様が一目惚れなさるなどとは思いもしませなんだ。それに、こたびのことは、小者のそれがしには荷が重すぎまする」
「仕方がないではないか。昌俊と二人だけでは、どうにもならぬ。動ける者が必要なのだ。それゆえ、そなたに加わってもらった」
「いや、いや、いや、駿河守殿。動ける者と申されましても、どう動いてよいやら……」
「それをこれから話し合おうとしているのではないか」
「はあ……。それはわかりまするが……」
「昌俊、そなたはどう考えている?」
 信方は原昌俊に話を振り向ける。
「まずは話の前提を整理しよう。御屋形様のお気持ちは厳然とあるにしても、その麻亜という娘を側に置くのは、様々な意味で危険過ぎるのではないか。それはどうか?」
「それがしも同じ意見にござりまする」
 跡部信秋が賛同する。
「それに関しては異議はない」
 信方も同意した。
「ならば、次はどのような方法で二人を引き離すかだ。もちろん、御屋形様に御納得していただける方法でなければならぬ。加えて、諏訪頼重の血縁が信濃に影響をもたらさぬということも重要だ」
「異議なし!」
 信方と跡部信秋が同意した。
「さて、いかような方法がよいか……」
 昌俊が顎をまさぐりながら思案する。
「輿入(こしい)れは、いかがにござりまするか」
 跡部信秋が案を述べ始める。
「あの娘に裳着を済まさせ、どこかに輿入れさせまする。たとえば、どこかの武門に」
「信濃近辺、あるいは甲斐、上野(こうずけ)、武蔵(むさし)辺りの武家はまずいであろう。輿入れさせるならば、京より西の武家が望ましい。されど、そのような伝手(つて)はないぞ」
 顔をしかめながら、信方が言う。
「ええと、ならば……今川(いまがわ)家はいかがにござりまするか。義元(よしもと)殿の側室として送り込めば、所在の確認はできるのではありませぬか」
「それもまずいだろう。義元殿の御台は姉上の於恵(おけい)様だぞ。当家がわざわざ波風を立てるわけにはまいるまい。それに、信虎様もおられるのだ」
「はぁ、なるほど……」
 跡部信秋が黙り込む。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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