児童相談所、法律の対応が進めども、児童虐待の件数は増えていく一方……。最近も悲しい事件がいくつもニュースで報じられています。児童虐待について鋭く描写した小杉健治さんの小説『水無川』が今回オススメさせていただく1冊です。
担任した児童が虐待で死亡するのを防ぐことができず、教師を辞職した真壁。彼の恋人、夏美は、幼い娘への暴力を止められず苦しんでいる。心の傷をなめあうような、未来の見えない二人の関係が冒頭から前半にかけて描かれています。
真壁がどのように児童と向き合ったのか、教師を辞職するまでの間に何が起きたのか、周りの環境がどのように豹変していったのか……出来事や心理描写がまるでノンフィクションのようなリアリティで描かれています。もうひとりの登場人物、夏美と娘との間に何があったのか、夏美はなぜ暴力を振るってしまうのかも同じく実際にあったのではないかと思わせるような内容です。読んでいると自分の家族、友人として悲しい事件として置き換え読み耽ってしまいます。主人公ふたりが置かれた境遇をいかに乗り切るかという物語か?と思いきや、物語は違った展開に進んでいきます。隣に住む謎めいた男、野口が夏美の悩みにアドバイスをくれ、娘に暴力を振るいかけている際には諌めてもくれます。なぜ野口は夏美と向き合ってくれるのか、その過去にスポットが当てられ物語は別の展開へと進んでいきます。
水無川というのは神奈川の秦野市にある実際の川の名前です。この小説は神奈川県秦野市が舞台となっています。その他秦野にある景勝地がいくつも登場して、各場所に物語のキーとなるエピソードがあります。
後悔、葛藤、人生で背負ったもの……人間の「翳」についてこれほど考えさせられる小説はありません。ノンフィクションであるかのように読み進めていくといつの間にか小説のめまぐるしい展開に引き込まれています。一気読み必至です。
- シマシマ
- ワインが、お酒が好きすぎてワインエキスパートの資格を取ったノムリエ販売担当。本よりお酒のウンチクを語る時の方が饒舌??
- 男くさい、涙を誘う本がフィクション・ノンフィクション問わず好み。令和の時代に昭和からアップデートされていない自分を顧みて、他のジャンルの食わず嫌いはいかんと思う日々。旅行に出かける前にたくさん本を買い込んで荷物がついつい増えてしまうタイプ。
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2023.03.17 23分間の奇跡 ジェームズ・クラベル 著/青島 幸男 訳
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2022.07.20 カティンの森 アンジェイ・ムラルチク 著 / 工藤幸雄 久山宏一 訳
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2022.04.21 腐葉土 望月諒子 著
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2021.12.03 存在の耐えられない軽さ ミラン・クンデラ 著 / 千野栄一 訳
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2021.07.02 しのびよる月 逢坂 剛 著
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2021.02.19 アポロンの嘲笑 中山七里 著
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2020.10.21 日々の100 松浦弥太郎 著
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2020.06.05 M8 エムエイト 高嶋哲夫 著
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2020.02.20 めぐりあいし人びと 堀田善衞 著
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2019.10.18 オーパ、オーパ!! モンゴル・中国篇 スリランカ篇 開高 健 著
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2019.06.21 水無川 小杉健治 著