作品制作・写真/金沢和寛
今回、オススメするのは望月諒子『腐葉土』です。
資産家の老女、笹本弥生が高級老人ホームで殺害されているのが見つかった、という殺人事件から物語はスタートします。犯人はいつもお金の無心をするために老人ホームを訪れ、口論を繰り返していた唯一の親族であった孫の健文なのか? 警察の捜査が進む中、老人ホームの担当ヘルパーを勤めていた男性が自身も笹本弥生の孫であり、自身が財産を相続するという遺言書を葬儀の場で披露するという波乱が起きます。一体誰が笹本弥生を殺したのか? 健文の顧問弁護士の来歴や、通う大学を巡る話まで出てきてどのエピソードが本筋、犯人へ結びつくのか。複雑に絡み合う話に、時にはページを前に戻して頭を整理することもあるかと思いますが、読めば読むほど世界に引き込まれ早く真相を知りたくなる、一気読み必至の560ページの1冊です。
それだけで一つの小説になるのでは、というくらい、物語を彩る登場人物の歴史を語るエピソードが深く詳細に描かれています。殺害された笹本弥生は関東大震災、東京大空襲というふたつの焼け野原を生き延び、母が勤めていた呉服店の反物を闇市で売り、売春宿や貸金業を営み、財を成していきます。お金を貸す相手に対しての苛烈な仕打ちや、品位や素養を持つ人々への嫉妬、戦後の混乱を生き抜く中で成り上がっていく様や内面が、まるでノンフィクションであるかのように描かれています。ページをめくるたびに自分まで何かヒリヒリとした痛みを感じるほどのリアリティです。他の登場人物も人には言えない秘密や闇を抱えており、そのエピソードが徐々に明らかにされていきます。点になっていたそれぞれの動きが最後は一つの線となり想像できなかったクライマックスへとつながっていくのです。
登場人物の複雑な人生、関係性を暴き出していくのは雑誌『フロンティア』のフリー記者、木部美智子です。彼女が取材の過程で知り合った東都新聞の亜川と協力し、時にはスクープを追いかけるライバルとして冷静な洞察と行動力を以て事件の真相を暴いていきます。 雑誌と新聞のマスコミにおけるヒエラルキーやそれぞれに持つ矜持なども物語を彩る一要素として描かれます。
木部美智子が活躍するシリーズは『腐葉土』で4作目となります。5作目となる『蟻の棲み家』(新潮文庫刊)が、『腐葉土』刊行から8年を経た2021年10月に発売されヒット作品となっております。『蟻の棲み家』で木部美智子、望月諒子ファンとなった方も、ミステリーの醍醐味が味わえるこちらの作品をぜひ手にとってみてください。
- シマシマ
- ワインが、お酒が好きすぎてワインエキスパートの資格を取ったノムリエ販売担当。本よりお酒のウンチクを語る時の方が饒舌??
- 男くさい、涙を誘う本がフィクション・ノンフィクション問わず好み。令和の時代に昭和からアップデートされていない自分を顧みて、他のジャンルの食わず嫌いはいかんと思う日々。旅行に出かける前にたくさん本を買い込んで荷物がついつい増えてしまうタイプ。
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2023.03.17 23分間の奇跡 ジェームズ・クラベル 著/青島 幸男 訳
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2022.07.20 カティンの森 アンジェイ・ムラルチク 著 / 工藤幸雄 久山宏一 訳
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2022.04.21 腐葉土 望月諒子 著
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2021.12.03 存在の耐えられない軽さ ミラン・クンデラ 著 / 千野栄一 訳
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2021.07.02 しのびよる月 逢坂 剛 著
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2021.02.19 アポロンの嘲笑 中山七里 著
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2020.10.21 日々の100 松浦弥太郎 著
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2020.06.05 M8 エムエイト 高嶋哲夫 著
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2020.02.20 めぐりあいし人びと 堀田善衞 著
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2019.10.18 オーパ、オーパ!! モンゴル・中国篇 スリランカ篇 開高 健 著
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2019.06.21 水無川 小杉健治 著