作品制作・写真/金沢和寛
今回、オススメするのは逢坂剛「しのびよる月」です。
2001年、21世紀スタートの年に文庫発売となりました「御茶ノ水署」シリーズの第1作です。御茶ノ水署の生活安全課保安二係に勤務する斉木斉係長と梢田威。たったふたりの上司と部下という部署の特徴はふたりが小学校の同級生であること。ガキ大将だった梢田は小学生の時斉木をいじめた過去もあり、斉木は復讐に燃えています。梢田の出世を邪魔したり、日常業務にケチをつけたり。斉木は上司に詰問されると、コロっと主張を曲げ、責任をなすりつける小物な一面ものぞかせます。一方梢田は昔のガキ大将を彷彿とさせる豪快な捜査を仕掛けたりすることもあります。ただ、意外に弱かったりもします。そんな前段だけでもユーモアあふれるふたりが御茶ノ水界隈の事件を解決していきます。
ときに刑事事件を捜査、解決し刑事課と越権だ!と揉めてしまう警察小説らしい展開もあれば、なかなか出世に恵まれないふたりの悲哀や警察組織の縦割り、組織の闇が垣間見られるお仕事小説エピソードも盛り込まれております。犯人にまつわる人情話、サスペンス・ミステリーの展開の妙、ドンデン返しも、もちろん楽しむことができます。エンタメ小説のエッセンスがこれでもかと凝縮されています。
そして、このシリーズを彩るもうひとつの要素が舞台となる御茶ノ水、神保町。場面の節々に、実際にある通り、建物、施設、会社、学校などが実名あるいは少々変更した名称で出てきます。これはあの場所のことだな、と答えを巡らせるのも一興です。さらには、ふたりや犯人、警察の同僚などが訪れる飲食店、バーなどの数々。実際にあるお店もあればあったのか?なお店も。すでに閉店や廃業したお店もあり、感慨に耽りながらミステリーを読み進める楽しさもあります。私は2004年から神保町で働いておりますがこのお店は1997年(単行本刊行時)からあったのか!と思わず小説の話題から外れて一人盛り上がりました。神保町をホームグラウンドとされる逢坂先生だからこそ描ける御茶ノ水・神保町ワールド。神保町が好きで古書店巡りやスポーツ用品店は行くけど逢坂先生の作品には触れていないという皆様、絶対に損はさせません。三省堂書店や東京堂書店さんでこのシリーズをご購入いただき帰りの丸ノ内線や新宿線、はたまた中央線の車内で情景を思い浮かべてください。
2021年5月にシリーズ6作目となる新作「地獄への近道」が5年ぶりに刊行されました。20年後さすがにふたりは出世したのか?なんて考えつつこちらも是非手にとっていただければ、と思います。シリーズ他の4作品もどこから読んでも楽しめます。詳しくはこちらの紹介を御覧ください。
https://books.shueisha.co.jp/search/search.html?titleauthor=%E5%BE%A1%E8%8C%B6%E3%83%8E%E6%B0%B4%E8%AD%A6%E5%AF%9F
- シマシマ
- ワインが、お酒が好きすぎてワインエキスパートの資格を取ったノムリエ販売担当。本よりお酒のウンチクを語る時の方が饒舌??
- 男くさい、涙を誘う本がフィクション・ノンフィクション問わず好み。令和の時代に昭和からアップデートされていない自分を顧みて、他のジャンルの食わず嫌いはいかんと思う日々。旅行に出かける前にたくさん本を買い込んで荷物がついつい増えてしまうタイプ。
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2023.03.17 23分間の奇跡 ジェームズ・クラベル 著/青島 幸男 訳
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2022.07.20 カティンの森 アンジェイ・ムラルチク 著 / 工藤幸雄 久山宏一 訳
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2022.04.21 腐葉土 望月諒子 著
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2021.12.03 存在の耐えられない軽さ ミラン・クンデラ 著 / 千野栄一 訳
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2021.07.02 しのびよる月 逢坂 剛 著
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2021.02.19 アポロンの嘲笑 中山七里 著
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2020.10.21 日々の100 松浦弥太郎 著
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2020.06.05 M8 エムエイト 高嶋哲夫 著
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2020.02.20 めぐりあいし人びと 堀田善衞 著
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2019.10.18 オーパ、オーパ!! モンゴル・中国篇 スリランカ篇 開高 健 著
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2019.06.21 水無川 小杉健治 著