作品制作・写真/金沢和寛
東日本大震災から5日目。度重なる余震や福島第一原発の電源喪失、爆発で混乱を極める福島のまさに原発立地管内で殺人事件が発生──。『アポロンの嘲笑』はそのような場面から物語がスタートします。
原発作業員の金城純一を同じく作業員でもある加瀬邦彦が口論の末、刺殺。しかし、福島県警石川警察署刑事課の仁科係長が邦彦を移送中、余震が起きた混乱に乗じて邦彦は逃走してしまいます。逃げる邦彦が向かう先を辿っていくと、危険区域となっているかつての勤め先……? そして、仁科が捜査を進めていく先ではこの事件とは畑違いの公安警察が所轄の警察には秘密裏に捜査を進める。この事件の裏には一体何が潜んでいるのか……。
小説ではありますが、震災の被害状況や当時の有様は事実に基づき、リアルに描写されています。津波や道路が寸断された箇所や原発の被害状況、被災者の暮らし。原発に地元の経済や雇用が支えられ、逆らうことができない背景。そして、加害者の加瀬邦彦は1995年に起きた阪神・淡路大震災を7歳のときに被災し、生き残ったという過去も持っています。2度の震災に見舞われた稀有な生い立ちも事件の背景における重要なポイントとなってきます。阪神・淡路大震災の被害状況に関しても克明な記述があります。
このオススメ文を書いているのは2021年の2月です。緊急事態宣言も延長され、国のコロナ対策がちぐはぐとした現状の中で、社会や政治的な背景が詳細に描かれたこの1冊を読んでいると、この国の危機管理って……と思うところもあり、憤りを感じずにはいられません。そして、今年は東日本大震災から10年。震災で起きた被害、苦しみ、原発の怖さを風化させてはいけない、とも強く思います。そのようなノンフィクション的な側面も持ちつつの社会派サスペンスの大作を是非オススメ致します。
- シマシマ
- ワインが、お酒が好きすぎてワインエキスパートの資格を取ったノムリエ販売担当。本よりお酒のウンチクを語る時の方が饒舌??
- 男くさい、涙を誘う本がフィクション・ノンフィクション問わず好み。令和の時代に昭和からアップデートされていない自分を顧みて、他のジャンルの食わず嫌いはいかんと思う日々。旅行に出かける前にたくさん本を買い込んで荷物がついつい増えてしまうタイプ。
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2023.03.17 23分間の奇跡 ジェームズ・クラベル 著/青島 幸男 訳
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2022.07.20 カティンの森 アンジェイ・ムラルチク 著 / 工藤幸雄 久山宏一 訳
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2022.04.21 腐葉土 望月諒子 著
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2021.12.03 存在の耐えられない軽さ ミラン・クンデラ 著 / 千野栄一 訳
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2021.07.02 しのびよる月 逢坂 剛 著
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2021.02.19 アポロンの嘲笑 中山七里 著
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2020.10.21 日々の100 松浦弥太郎 著
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2020.06.05 M8 エムエイト 高嶋哲夫 著
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2020.02.20 めぐりあいし人びと 堀田善衞 著
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2019.10.18 オーパ、オーパ!! モンゴル・中国篇 スリランカ篇 開高 健 著
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2019.06.21 水無川 小杉健治 著