作品制作・写真/金沢和寛
今回、オススメするのはミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』です。
チェコ出身のミラン・クンデラがパリ亡命中の1981年、発表したベストセラーです。
主人公トマーシュはプラハの優秀な外科医。その一方で多くの女性と浮名を流すプレイボーイ。執刀のために訪れた田舎町でテレザに偶然出会います。彼女はトマーシュを追ってプラハに上京。他の女性にはない情熱や儚さに惹かれたトマーシュは彼女と同棲、結婚。そのふたりの結婚生活を描いています。
ほどなくテレザはトマーシュの奔放な女性関係に気づき、嫉妬と苦悩に明け暮れる日々を送ることになります。彼女の悩みに寄り添おうとしつつも多くの女性と逢瀬を重ね、さらに奔放な画家サビナとは長年の愛人関係を続け……。
そんな結婚生活の舞台は「プラハの春」と呼ばれる1968年春にチェコスロバキアで起きた民主化運動の最中。改革派の A.ドプチェクが党第一書記に就任、独自の社会主義路線を宣言して、国家による事前検閲の廃止、市場経済方式の導入や西欧風の諸文化が大量に開花した自由化の一連の波です。しかし、夏になるとソ連のブレジネフ政権がワルシャワ条約機構5ヵ国軍を侵攻、軍事弾圧に踏み切り、市民の抗議の嵐の中、プラハの中心部を制圧、ドプチェクらを連行し「プラハの春」は終焉を迎えます。
自由な暮らしを続けていたトマーシュとテレザにも社会主義、共産党の監視の目が光り、自分の主義を曲げないことで上司、同僚から疎まれ、秘密警察的な人物達から発言の撤回を求められます。自身の職業や住む場所さえ追われる生活を強いられ、終末を迎えていきます。
物語の中では恋愛観、性愛そして政治や思想・信条について哲学的な表現にて綴られています。性的表現で過激な部分もありますが、いやらしいという印象は持ちません。また、プラハの春〜ソ連侵攻までの歴史的な政治・社会情勢が克明に描かれ、ジャーナリズム的な小説としての側面も持ちあわせます。著者はソ連侵攻や迫害に直面し亡命にまで追い込まれており、その実体験が色濃く描かれています。
中国やロシアはじめ独裁・権威主義的な政治が台頭し始めている昨今、「歴史は繰り返される」という言葉を思い出さずにはいられません。2010年代に読んでいたら過去の話だな、と思ってあまりピンとこない部分も多かったかもしれません。
天才ミラン・クンデラが人間の内面や政治・社会について鋭く考察をした大作、是非手にとっていただければと思います。
- シマシマ
- ワインが、お酒が好きすぎてワインエキスパートの資格を取ったノムリエ販売担当。本よりお酒のウンチクを語る時の方が饒舌??
- 男くさい、涙を誘う本がフィクション・ノンフィクション問わず好み。令和の時代に昭和からアップデートされていない自分を顧みて、他のジャンルの食わず嫌いはいかんと思う日々。旅行に出かける前にたくさん本を買い込んで荷物がついつい増えてしまうタイプ。
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2023.03.17 23分間の奇跡 ジェームズ・クラベル 著/青島 幸男 訳
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2022.07.20 カティンの森 アンジェイ・ムラルチク 著 / 工藤幸雄 久山宏一 訳
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2022.04.21 腐葉土 望月諒子 著
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2021.12.03 存在の耐えられない軽さ ミラン・クンデラ 著 / 千野栄一 訳
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2021.07.02 しのびよる月 逢坂 剛 著
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2021.02.19 アポロンの嘲笑 中山七里 著
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2020.10.21 日々の100 松浦弥太郎 著
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2020.06.05 M8 エムエイト 高嶋哲夫 著
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2020.02.20 めぐりあいし人びと 堀田善衞 著
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2019.10.18 オーパ、オーパ!! モンゴル・中国篇 スリランカ篇 開高 健 著
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2019.06.21 水無川 小杉健治 著