よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「では、あえて兵部(ひょうぶ)に訊ねよう。そなたは、いかように考えるか?」
「……それがしは若の策に従いまする。われらに精鋭精兵の一万をお預けいただければ、必ずやお役目を果たしてまいりまする」
 飯富虎昌は両拳をついて深々と頭を下げる。
「さようか。他に意見は?」
 晴信の問いにも答えはなかった。
「ならば、義信。そなたに北条の援軍を任せる。陣容については、そなたがまとめて要望を出せ。それを見た上で、余が判ずる」
「有り難き仕合わせにござりまする」 
 義信が平伏した。
「出陣の日時は追って知らせる。皆、大儀であった」
 それだけを言い残し、晴信は大上座を後にした。
 信繁が立ち上がり、義信に歩み寄る。
「義信、そなた、成長したな」
 甥子(おいご)の肩を抱き、嬉しそうに揺さぶった。
「……叔父上が賛同してくださったから、お許しがいただけました」
 照れくさそうに肩をすぼめ、義信が答える。
「典厩(てんきゅう)様、まことに有り難うござりまする」
 飯富虎昌が頭を下げた。
「難しい戦になるであろうから、功を焦って無理だけはするな。見切りが肝心だぞ」
 信繁の言葉に、義信が大きく頷く。
「肝に銘じておきまする」
「兵部、よろしく頼む」
「お任せくだされ、典厩様」
 飯富虎昌は誇らしげに胸を叩いた。
 この評定を経て、北条家への援軍は武田義信を総大将、飯富虎昌を先陣大将とする一万余で出兵することが決められた。
 その他には馬場(ばば)信房(のぶふさ)、内藤(ないとう)昌豊(まさとよ)、飯富昌景(まさかげ/源四郎〈げんしろう〉)らの侍大将が配され、足軽大将には重鎮の室住(もろずみ)虎光(とらみつ)が起用される。残っている重臣の中では、これ以上ないというほどの選(え)りすぐりの精鋭が義信の下に付けられた。
 そして、慌ただしく戦支度が進められ、武田義信が率いる一万余の軍勢が甲斐の府中を出立した。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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