第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
この一報を受けた義信は、嚮導役の多目元忠に地勢の説明を願う。
「多目殿、瓶尻とはいったいどのような場所であるか?」
「ここから四里(十六㌔)ほど北側に行ったところにありまして、地の者が人見原と呼ぶ平地にござりまする」
「ただの平地……。あえて、さような場所を選んだ長野業正の狙いは何であろうか?」
「野戦での力比べとしか思えませぬが」
「それならば、こちらも望むところだ。細々と城を落としていくよりも、野戦で打ち破る方が戦いが短くて済む。すぐに出陣いたそう」
「お待ちくださりませ、武田殿。念のため先鋒の物見を出し、高田城が空であることを確かめた方がよいかと。もしも、ここに伏兵があれば、進軍の横腹を突かれまする。物見を出す間、高田城のすぐ側にあります貫前(ぬきさき)神社を陣とすればよろしいかと。そこからならば、瓶尻は真北に進むだけにござりまする」
「なるほど。源四郎、そなたが五百を率いて高田城の物見をしてまいれ」
義信は飯富昌景に命じる。
「承知いたしました」
飯富昌景が率いる五百の先鋒が国峯城を出た後、義信の本隊が貫前神社に向かった。
これが弘治三年(一五五七)四月七日のことである。
高田城に敵の伏兵がいないことを確認し、翌八日の早朝、義信は全軍を北の人見原へ進める。
安中磯部(いそべ)に陣取っていた長野業正もさらに南へ軍勢を押し出した。
義信は武田勢が得意とする鶴翼(かくよく)の陣を布く。
左翼先陣に飯富虎昌の一隊、右翼先陣に馬場信房の一隊、中央に室住虎光の足軽隊を配し、自らは内藤昌豊の旗本衆と中央奥に陣取った。
それを見た長野業正も同じく鶴翼の陣を構え、まさに四つ相撲の如き野戦の様相を呈した。
――よほど野戦に自信があるのか、はたまた、ただの負けず嫌いなのか。いずれにしても長野業正、老獪(ろうかい)な将ではないと見た。ここで小細工を弄するようでは先々の戦いが立ち行かぬ。飯富と信房ならば、決して負けぬ。ここは力の差を見せつけるべきだ。
そう考えながら、義信は眼を細めて敵陣を睨む。
「よし、法螺(ほら)を吹け! いざ、参るぞ!」
両翼の騎馬隊に進撃の合図を送る。
それを聞いた飯富虎昌と馬場信房の騎馬隊が正面の敵に猛然と襲いかかる。
箕輪勢の両翼もこれに応じ、真っ向からの勝負に及ぶ。
左右で両軍の先陣がぶつかり、互いに一歩も退かない戦いとなる。初手はほとんど互角に見えた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。