第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
晴信は十月二十五日に上原城へ戻り、諏訪西方衆に厳しい仕置を下してから、北杜の須玉(すたま)にある若神子(わかみこ)城へ向かった。
ここには諏訪から避難させた麻亜(まあ)と齢(よわい)三になった四郎(しろう)がいた。
上田原の敗戦があってから、晴信は甲斐の府中に腰を据えたため、麻亜と息子に会う機会もなかった。
いや、敗戦の痛手があり、側室や倅と過ごすことを憚(はばか)っていたのである。
小笠原長時の侵攻があった時、駒井(こまい)政武(まさたけ)がすぐに麻亜と四郎を若神子城へ退避させた。
しかし、大井ヶ森に滞陣した時も、晴信はあえて二人に会っていない。それは己に対する戒めでもあった。
そして、この勝利をもって八ヶ月ぶりの対面となった。
「御屋形様、こたびの御戦勝、おめでとうござりまする。御無事でお戻りいただき、まことに嬉(うれ)しゅうござりまする」
齢十九になった諏訪御寮人にとっても待ち焦がれた再会だった。
可愛い盛りになった四郎を膝の上に乗せ、晴信も相好を崩す。
「待たせて済まなかったな、麻亜」
「いいえ……。この間、わたくしも喪に服し、お亡くなりになった御家臣の方々のために祈っておりました」
「さようか。皆も喜んでいることであろう」
晴信は神妙な面持ちで息子の頭を撫(な)でた。
遊び疲れた四郎は、膝の上で寝息を立てている。
「すぐに諏訪へ戻れるゆえ、心配いたすな。これを機会に、新しい城を築こうと思うておる」
「まことにござりまするか」
「ああ、諏訪はすでになくてはならぬ所領だ。そなたたちを守るためにも、二度と誰にも攻めさせはせぬ」
晴信はきっぱりと言い切り、盃(さかずき)を干した。
この夜、久方ぶりに麻亜と秘めやかな蜜の時を過ごす。晴信にとっては、ほんのひと時の休息だった。
明日からは再び武田家惣領(そうりょう)としての苛酷(かこく)な務めに戻らなければならなかった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。