よみもの・連載

雌鶏

第一章3

楡周平Shuhei Nire

 鬼頭は表情一つ変えることなく訊ねてきた。
「店を手伝ってもらっていたツルさんも訪ねてみましたし、当時清彦は事業を模索しておりましたので、付き合いがあった方々も……」
「それでも手がかり一つ掴(つか)めなかったか」
「ツルさんとは事件後、音信不通になっておりましたので、千葉の親戚の家を訪ねたのです。事件のことは清彦から聞かされていて、大層同情して下さったのですが、殺人現場で商売を続けるのは無理だと清彦が閉店を決めてからは、一度も会ってはいないと言われまして……」
 ツルが痛く同情してくれたのは事実だが、何分田舎のことである。人目も気になれば、清彦の消息不明を口実に世話になれないかと懇願されるとでも思ったのだろう。外で立ち話をした程度で終わってしまったのだったが、それは他の心当たりも似たようなものだった。
「とにかく、訪ねた人が口々に、ある日を境に、ぷっつりと清彦の消息が途絶えたと言うのです」
 鬼頭は腕組みを解くと、煙草を口に咥(くわ)え火をつける。
「それでニュー・サボイで働くようになったのか……」
「手元にお金は僅かしかありませんでしたので、清彦の行方を追ってばかりもいられません。職を得ようにも、前科が発覚した時を思うと、堅い仕事にはつけません。誰にも頼らず、過去を明かすことなく、自分一人の力でやっていける仕事は何かと考えまして、占いで身を立てようと決心したのですが、それにしたって元手がいりますので」
「お前ほど、頭の回る女が、本で勉強した程度の占いで食っていけると思ったのか?」
 鬼頭でなくとも、誰しもがそう思うだろう。
 想定された質問だけに、貴美子は微笑(ほほえ)んで見せると、
「本で勉強しただけではありません。実は、女子刑務所の同房に、長く占いで生計を立てていたご婦人がおりまして……」
 鬼頭の視線をしっかと捉えながら答え、さらに続けた。
「刑務所は社会の縮図のような所で、様々な職を経験した人間がおります。夕食後、消灯までは自由時間。そのご婦人とは二年ほど生活を共にいたしましたので、すっかり親しくなりまして……。それで四柱推命と易を教わるようになったのです」
 二人の間に暫(しば)しの沈黙が流れた。
 立ち昇る紫煙越しに、鬼頭は貴美子を見つめ満足そうに頷くと、
「京都へ移る支度をしろ」
 突然重い声で命じてきた。「住まいはこちらで用意する。家財道具も含めてな。準備が整うまでに、ひと月もかからんだろう」
「そんなに早くに……ですか?」
「まだ何か東京でやることがあるのか?」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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