よみもの・連載

雌鶏

第一章3

楡周平Shuhei Nire

 そこでかねてより、鴨上に片腕となる占い師を探すよう命じていたのだったが、これがなかなか難しい。
 要は鬼頭の眼鏡に適(かな)う者を鴨上は探しあぐねていたのだったが、そんな所に現れたのが貴美子だったのだ。
「ただ一つだけ、気になることがあってな」
 鬼頭はそれから暫く時間をかけて、貴美子がニュー・サボイで働くようになるまでの経緯を話して聞かせ、鴨上に見解を求めた。「米兵殺害の事件が報じられなかったのは分かるのだが、過剰防衛とされた上に、懲役五年はあまりにも量刑が軽すぎる。不自然だとは思わんか?」
「お話を聞いていて、私もそこに引っかかりました」
 果たして鴨上は頷く。「いくら身を守るためであり、しかも未成年だったとはいえ、米兵を二人も殺しておいて五年はないでしょう。暴行、強姦はおろか、殺人でさえ、進駐軍関連の不祥事はプレスコードに引っかかって一切報道できなかった時期ですからね。GHQがその気になれば、無期どころか死刑に処して、闇に葬ろうと思えばできたはずです」
「検閲を行なっていたのは、確か――」
 記憶を辿(たど)り始めた鬼頭に、
「参謀第二部所管下の民間検閲支隊です」
 鴨上が即座に返してきた。
「あそこで働いていた人間に心当たりはあるか?」
「直接ではありませんが、調べることはできると思います。伝手(つて)のありそうな人間を何人か知っておりますので」
「そうか。じゃあ頼む」
 鬼頭は命じると、「それと、もう一つ」
 話を転じた。
「何でございましょう」
「京都に一軒、家を用意してくれ。場所は京都市内。頻繁に人が出入りしても、人目を惹かない場所がいい。各界のお偉方が出入りするようになるのでな」
「承知いたしました……」
 鴨上は、戦中から鬼頭の右腕として仕えてきた男である。
 鬼頭が莫大な財産を築き上げるに至った過程を間近に見、各界を網羅する人脈も熟知している。だから、何を命ずるにしても細かい指示を出す必要はない。「打てば響く」「阿吽(あうん)の呼吸」とは、まさに二人の関係を称するのに相応しい言葉で、鬼頭は鴨上に絶対的な信頼を置いていた。
「民間検閲支隊の件は急がずともよい。まずは家探しを優先してくれ。早ければ早いに越したことはないのでな……」
「心得ました……」
 一礼した鴨上が応接室を出ていく後ろ姿に目をやりながら、鬼頭は貴美子と出会った幸運を改めて噛み締めた。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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