よみもの・連載

雌鶏

第一章3

楡周平Shuhei Nire

   7

 貴美子が去った応接室で、鬼頭は探し求めていた女性に出会った幸運を噛(か)み締めていた。
 鬼頭に指示されたままを告げればいいのだから、心得がなくとも構わないのだが、重要なのは占い師自身が醸し出す雰囲気だ。
 貴美子は大変な美貌の持ち主だし華もある。こうした女性は、得てして近寄りがたい雰囲気を漂わせるものだが、貴美子の場合は少し違う。
 華の影に潜む陰。それも深く、暗い陰を見る者に感じさせるのだ。
 修羅場を経験した過去を知ったからこそ、それが何に起因するか理解できたが、貴美子の下を訪れる客は、彼女が醸し出す独特の雰囲気に神秘めいたものを感ずるはずだ。
 何よりも、米兵を二人も殺害した罪に問われながらも、刑期僅か五年。しかも半年も早く釈放されたというのだから、強運の持ち主と見て間違いあるまい。
 そう、運……。
 これが大切なのだ。
 運は万人が欲して止まないものだし、人の一生には運、不運がつきものだ。だが、ここぞという時に運、それも強運に恵まれる人間はそうはいない。
 戦争に乗じ、莫大な財を築いた己の運。そこに貴美子が持つ運が加われば、野望は必ず叶う。政界を、財界をも意のままに操り、絶対権力者の座をこの手に収めることができる。
 鬼頭はそう確信し、久々に胸が高鳴るような興奮を覚えた。
「いかがでしたか」
 貴美子が部屋を出て行ったのと入れ替わりに、秘書の鴨上耕作(かもうえこうさく)が現れた。
「あれはいい。まさに探し求めていた女だよ。鴨上、これから面白くなるぞ」
 鬼頭は自然と相好が崩れるのを覚えながら言った。
「では、これで決まりと考えてよろしいですね」
 鴨上が念を押すように訊ねてきたのには理由がある。
 人心掌握とは、尊敬や信頼によって人の心を掴むことを意味するが、それだけではない。目に見えぬ存在や力への畏怖の念を抱かせれば、人を操ることができると鬼頭は考えていた。宗教はその最たるものだが、信仰の厚さが好結果に繋がるものではない。願いが叶えば、神様のおかげと感謝する一方で、叶わなかったからといって神の存在を否定することはない。
 その点、占いは遥かに具体的だ。
 願いが叶うのか、決断は間違っていないのか……。常に迷い、将来に不安を覚えるのが人間だ。その迷い、不安を解消するのが占いなのだ。
 もちろん、宗教とは違って外れれば、所詮は占いと見向きもされなくなるが、的中すれば話は違ってくる。神様のおかげどころか、占い師への信頼は高まり、的中を繰り返す度に、信頼は信仰へと変わって行く。つまり、占い師は神と同じ存在になり、“信者”を意のままに操ることが可能になると鬼頭は考えたのだ。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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