よみもの・連載

雌鶏

第三章

楡周平Shuhei Nire

 森沢は、ふむと考え込むと、
「その、高額商品ちゅうのは、何が来ると思うとんねん」
 睨みつけるような眼差を向けながら、煙草を燻らす。
「冷蔵庫でしょうね」
 間髪を容(い)れず清彦はこたえた。
「なるほどな。洗濯機、テレビの次は冷蔵庫か……」
 森沢の反応に変化が現れた。
 間違いなく、耳を傾ける気になった証である。
「洗濯機、テレビ、冷蔵庫。この三つの製品の使用者は主婦です。特に洗濯機、冷蔵庫の普及が進むにつれ、間違いなく家事に必要不可欠なものになりますよ」
「そうか……家事が楽になるなら、そら主婦は欲しがるわな。しかも、財布を握っとんのは主婦やしな……」
 森沢は煙草を口に咥(くわ)え、二度三度と忙しげに吹かす。
 頭が急速に回転し始めた時の森沢の癖である。
 清彦は説明を続けた。
「主婦仲間から、洗濯機で洗濯が楽になった。冷蔵庫で食料の持ちが格段に良くなって、買い置きができるようになった。亭主に冷えたビールがすぐに出せるようになったと聞けば、そりゃあ多少の無理をしてでも欲しくなるでしょう。それに、台数が捌(さば)けるようになれば、大量生産が可能になって、値段が下がるのがこの手の製品です。でもね、お義父(とう)さん。その一方で、社会が豊かになるにつれ物価は確実に上がるし、亭主が昇進すれば、出費も増えるものでしてね……」
「部下を飲みに連れて行かなならんようにもなるやろし、背広かて地位相応のもんを誂えなならん。冠婚葬祭や子供への出費も増していくやろし、親が病気になれば、面倒見なならんようにもなるわな」
「つまり、いつ何時、当座の金が必要になることも、まま起こり得るわけです。じゃあ、その時、主婦はどこから金を調達するんですか? 月賦で買った高額製品は、家事を楽にするため、つまり自分が楽するために買ったものなんですよ?」
 全てが読めたとばかりに、森沢は目を細めて、うんうんと頷く。
 清彦は続けた。
「お義父さんがおっしゃるように、財布の紐を握っているのは主婦です。付き合いの費用をケチれば、亭主の出世に響くかもしれないんですよ。それ以前に、亭主は、家計のやりくりは家内がしっかりやっていると思っているでしょう。銀行から借りようにも、即日金を用立てててくれるわけじゃなし、じゃあどこに縋(すが)るかと言えば、街金しかないじゃないですか」
「なるほどなあ。あんた、ほんまに目の付け所がええわ。さすがはワシが婿に選んだだけのことはあるで。主婦相手の金融とは、思いつかなんだわ」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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