よみもの・連載

雌鶏

第三章

楡周平Shuhei Nire

 森沢はすっかり感心した様子で、細めた目で清彦を見ると、「よっしゃ! それ、あんたに任せるさかい、思う存分やったらええわ」
 呵々(かか)と大口を開けて笑った。
「ありがとうございます……」
 清彦は頭を下げた。
「やっぱり、帝大出はちゃうな。ほんま、大したもんやで。たった五年やそこらで、尼崎一の街金になれたんも、あんたが手形金融を勧めてくれたからや。うまいこと行ったら行ったで万々歳。損だしても、十分お釣りがくるほど稼がしてもろうてんのやし――」
「損?」
 清彦は頭を上げ、森沢の言葉を遮った。「損なんかするわけないじゃないですか。この商売は、淀興業が元々やっていた高利貸しそのものなんです。支払いが滞れば、厳しく取り立てたらいいだけのこと。相手は会社に依存して生きてる、いわば寄生虫ですからね。放り出されようものなら、生きていけないんですから、そりゃあ必死になって払うに決まってるじゃないですか」
「なるほど、寄生虫なぁ……。ほんま、その通りやな。借金こさえて、街金の取り立てに追われとるなんて評判が会社に聞こえようものなら、亭主の出世に響くどころか会社を首になってまうかもしれへんしな」
 心底納得したように、唸(うな)る森沢だったが、
「もっとも、中小企業とは違って、厳しく追い込むような事態は滅多に起きないと思いますけどね」
 清彦は、すぐに、森沢の見立てを否定した。
「と、言うと?」
「月賦を組めるのも、与信審査を通ればこそ。つまり、お堅い金融機関に、支払い能力に問題なしと認められて初めて月賦で物が買えるんです。私が大企業に勤める亭主を持つ主婦に狙いをつけた理由はそこにあるんです。与信審査は金融業の基本中の基本ですが、うちも含めて、街金にそんな能力はありませんからね」
 出会った頃ならば、
「返せなんだら、力ずくで取り返せばええだけや。そもそも、後先を考えられへんようになった人間に金貸して、ケツの穴の毛まで毟(むし)り取るのが街金や。与信なんか気にしとったら、商売になるかいな」
 さしずめ、そんな言葉が返ってきただろうが、婿に迎えて五年。この間、清彦が挙げた功績を思えば、流石(さすが)の森沢も黙らざるを得ない。
 そこに思いが至った瞬間、
 もう五年か――。
 清彦の脳裏に、森沢と出会った当時の記憶が浮かんできた。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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