よみもの・連載

雌鶏

第三章

楡周平Shuhei Nire

   2

 新たに始める事業を模索していたあの頃、貴美子と始めた飲食店で使用する食材の調達に千葉に出かける一方で、清彦は闇市時代の伝手を頼りに、多くの人間と会った。
 店から上がる利益は、ツルに給与を支払うと、貴美子と二人で暮らす分には事足りる程度しか残らない。
 何をやるにしても、資金は多いに越したことはないのだが、問題はどんな事業を始めるのか、方向性が一向に見出せないことにあった。
 闇市時代に知り合ったのは、一癖も二癖もあるような人間ばかり。混乱の時代に乗じてひと財産を手にしようとした者が大半だから、商才というより利に敏(さと)い。要は、目先のことばかりに目が向き、大局観に欠けていたのだ。
『光クラブ』が現れたのは、清彦がそんな最中にあった、昭和二十三年のことだった。
 銀行の金利が年利一・八三パーセントであった時代に、年利十八パーセントもの配当を行なうと謳って出資者を募った街金。
 それが光クラブである。
 事業資金の捻出どころか、肝心の事業の方向性さえ定まらずにいた清彦にとって、一般から広く出資を募り、銀行の貸し渋りで資金繰りに苦しむ中小企業相手に、法外な高利で金を貸す――。
 この目が醒(さ)めるようなアイデアを考えついたことにも驚いたが、光クラブの代表者・山崎晃嗣(やまざきあきつぐ)が大戦中は陸軍主計少尉で、戦後復学した東大に在学中の学生と知った時には驚愕したなどというものではなかった。いや、驚愕というより、その才覚、才能に舌を巻くと同時に、嫉妬の念さえ覚えた。
 闇市時代に知り合った人間の中には、一緒に街金をやらないかと持ちかけてきた者も何人かいたが、どうやって客を集めるのかと問えば、「金に困っている奴は、ごまんといる」。回収手段を問えば、「力ずくで」と暴力的な手段に出ることを平然と口にする。
 需要があるところに発生するのが商売だ。金に困っている人間がごまんといるなら、街金業者も多くいるはずだ。中には、本物のヤクザが経営している街金だってあるのだから、新参者が客を掴むことは容易ではない。
 数多いる競合相手、本物のヤクザを相手に、どうやって街金稼業を成立させるのか――。
 その戦略を立案するのが自分の役目だとも考えたのだが、知恵の足りない相手と組めば面倒が増えるだけだ。
 その点、山崎の戦略は素晴らしいとしか言いようがなかった。
 銀行の十倍もの配当を謳えば、世間の耳目を惹くこと間違いなしだ。しかも現役の東大生である。その二つの点だけでも、世間は無条件で彼を信頼するだろう。
 まさか、こんな手があったとは……。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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