よみもの・連載

雌鶏

第二章2

楡周平Shuhei Nire

 案の定、思った通りの感想を口にする。
「当たるかどうかは、お客様が判断なさることです。私は卦が告げるままをお伝えするだけですので……」
 これもまた、占の精度に年齢は関係ない。つまり、天から授かった特別な能力の賜物(たまもの)であることを暗に告げた。
 背後の襖(ふすま)が音もなく開き、茶碗を盆に載せた靖子が現れた。
 楚々(そそ)と進み出た靖子は、無言のまま二人の前に茶を置くと、一礼して退室する。
「粗茶ですが、どうぞ……」
 勧められるまま、茶を口に含む羽村に向かって貴美子は言った。
「占う内容は鬼頭先生から伺っておりますけれど、卦を立てる前に、詳しくお聞きしたいのですが?」
 茶碗を置いた羽村は、居住まいを正すと、
「実は私が所属する民自党は、近々民憲党と合流し、新党を結成することに合意いたしまして――」
 そう前置きすると合意に至るまでの経緯とその狙い、そして占って欲しい内容を話し始めた。
 鴨上から事前に聞かされていたのと寸分違(たが)わぬ内容だったが、やはり天下取りの大勝負に挑もうという本人が語ると熱量や切実さが全く違う。
 羽村の話を聞きながら、「なるほど、占いに目をつけるとは、さすがだわ」と、貴美子は鬼頭の頭抜けた狡猾さに、改めて感心すると同時に、恐ろしさを覚えた。
 実際に占いを始めてみて分かったのだが、占って欲しい内容を正直、かつ正確に話さなければ、正しい結果が得られないという心理が働くのだろう。貴美子の前では、誰しもが本心、本音を明かすのだ。それは願望であり、不安であり、恐怖でありと人それぞれなのだが、普段は他人には絶対に見せない素の自分を晒(さら)け出すのである。
 無言のまま、羽村の話を聞き終えた貴美子は、おもむろに机の上の箱を開け、筮竹(ぜいちく)と算木(さんぎ)を取り出した。
「分かりました。では、卦を立ててみましょう」
 静かながらも緊張感を込めた声で言い、まず一本を机の上に置き、筮竹を顔の前に翳すと、暫し瞑目し掌(てのひら)で揉(も)むように混ぜ合わせる。
 筮竹は五十本あるが、実際に使用されるのは四十九本。卦を記録する算木は六本。
 所作に従って筮竹を操り、算木を並べ終えたところで、貴美子は机の上を凝視した。
 暫しの沈黙が流れた。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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