よみもの・連載

雌鶏

第二章2

楡周平Shuhei Nire

   4

 玄関の引き戸が閉まる音が聞こえたのと同時に、控えの間の襖が開き、鴨上が部屋に入ってきた。
「占い師になってまだ日も浅いのに、なかなかどうして、堂に入った仕事ぶりじゃないですか」
 鴨上は、つい今し方まで羽村が座っていた席に腰を下ろすと、感心した様子で言う。
「先生のご指示を、もっともらしくお伝えするだけですので……」
 いささか疚しさを覚えながら貴美子はこたえ、「でも、羽村先生は党首選を降りられるでしょうか。この機を逃せば、総理になるチャンスが二度とやってこないと、ご自分でも分かってらっしゃるのでしょう?」
 冷めた茶を口に含んだ。
「大丈夫、降りますよ」
 鴨上は簡単に断言する。「そもそも二党合流を持ちかけたのは民憲党の党首、安村(やすむら)衆議院議員でしてね」
「民憲党は衆議院を押さえない限り、総理を輩出することはできませんものね。でも民自党は──」
「民自党は衆議院第一党には違いありませんが、単独で過半数を確保しているわけではありません」
 鴨上は貴美子の言葉半ばで遮ると続ける。
「両院の第三政党、社自(しゃじ)党の協力があってこそなのですが、社自党の党内には大臣の椅子がなかなか回って来ないことで、民自党との協力関係に不満を訴えている勢力がありましてね。三ヶ月前に党首の榊原(さかきばら)さんが急逝したのを機に重石(おもし)が外れたと言いますか、党内に不穏な空気が漂い始めたのです」
「まさか、民自党から民憲党へ鞍替えを図ろうとしているとでも?」
「そのまさかです」
 鴨上は頷く。「とは言え、安村さんは実にしたたかでしてね。それほどの社自党議員を取り込めるかは、最後まで分からない。それは民自党もまた同じのはず。ならば、社自党内の不満分子を取り込む兆しを見せただけでも、民自党にはとてつもない圧力になる。そこにつけ込んで、民自党に合流を持ち掛ければ合意するだけでなく、社自党までもを取り込めると考えたのです」
「では、今回の合流は、二党ではなく三党?」
「まあ、社自党はオマケみたいなものですよ、二大政党合流が実現すれば、そのままでは社自党はただの野党になるんですからね」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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