よみもの・連載

雌鶏

第二章2

楡周平Shuhei Nire

「そうなると、公認候補を絞り込む必要が出てくるわけです。しかも、選挙後には新党の党首選が控えているんですからね」
「そうか、どちらの党に所属していた候補者が当選するかで、党首選の趨勢(すうせい)が決するというわけですか」
「公認候補には、党から選挙活動資金が当然支給されますが、それで全てが賄えるわけではありません。各派閥の領袖(りょうしゅう)が配る金が無ければ到底足りるものではないのです。つまり、政治の世界における力とは、領袖の資金調達能力に比例すると言えるんです」
「それで、資金援助を先生に……」
「もちろん、先生個人の資金だけではありません。企業、団体に先生が声をかけて、支援させるのです。ですから、羽村さんにとって両党の合流は、総理になる千載一遇の大チャンスでも、先生の意向を無視しようものなら、地獄を見ることになるでしょうね」
 鴨上は嘲笑を浮かべる。「今川さんが次期総理になれば、後に羽村さんが長男に地盤を譲ろうとしても、新人を擁立するとか、阻止する手段はいくらでもありますからね。実際、秘書の多くは政治家になる修行だと思ってやってるんですから、選挙区と資金を援助してやると言えば、二つ返事で飛びついてくるに決まってますもん」
「でも、やっぱり羽村先生は、最後まで戦うのでは……。だって、ご自分が癌だとはご存じないわけだし──」
「あなたのお告げが、功を奏することになるんですよ」
 鴨上は含み笑いを浮かべ、貴美子の言葉を遮った。「鬼頭先生は、本当に大したお方ですよ。既に政財界に絶大な影響力を持っておられるのに、医学と占いを組み合わせれば、人の心を自在に操ることができるとお考えになったんですから、さすがとしか言いようがありません」
 感心しきりとばかりに、唸(うな)る鴨上は上目遣いに貴美子を見ると、
「これね、霊を恐れるのと同じ心理が働くんですよ」
 苦笑というより、皮肉めいた笑みを宿す。
「霊……ですか?」
「実際に卦を立てる貴美子さんを前にしてこんなことを言うのはなんですが、人間、特に野心を抱き、そこに手が届こうかという人間が最も恐れるのが病です。実際に権力を手にした人間ならば、なおさらです。当たり前ですよね。ようやく手にした地位、権力の座には、可能な限り長く留まりたいと切望するのが人間の性(さが)なら、願望を阻害する最大の要因は病ですからね」
 なるほど、鴨上の言う通りだ。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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