よみもの・連載

雌鶏

第二章2

楡周平Shuhei Nire

 そこまで聞けば、なぜ貴美子の見立て通りに羽村が動くと言ったのか。その理由が見えてくる。
「病であろうと占いであろうと、不吉な予言は気になるもの。羽村先生の場合は、その両方が絡みあっているだけに、無視はできないと言うわけですね」
 鴨上は大きく頷くと、話題を転じてきた。
「明後日、今川先生がお見えになるとお伝えしましたね」
「ええ……」
「占う内容は羽村先生と同じですが、戦わずして勝つ。もし、今川先生がその理由を訊ねてきたら、表現はお任せします。大病で余命僅かという卦が出ていると告げてください。医者は余命を長く伝えるものですが、羽村先生が動けるのは二ヶ月やそこら。病床に伏したら、政治生命は終わったも同然ですので」
 ひょっとすると羽村は、既に体調の異変を自覚しているのかもしれない。鬼頭の勧めに従って、ここを訪ねてきたのも党首、ひいては総理になる野心が捨て切れず、たとえ占いであろうと、願いが叶うという結果が出ることに希望を見出したかっただけではなかったのだろうか……と、貴美子はふと思った。
 もし、そうだとしたら……。いや、そうでなくとも、羽村が体調に異変を感ずるまでに、それほど時間はかからないはずだ。その時点で羽村は党首選から降りるのと引き換えに、長男を後継者にすべく、来たる衆院選で新党の公認を与えるよう今川に打診するだろう。
 その時点で、今川は新党党首、その後、国会での首班指名選挙を経て総理大臣就任が決定する。ほどなくして羽村は病に臥した後他界。貴美子の見立ては見事的中。かくして、政財界の重鎮たちがここに押しかけてくるということになるわけだ。
「どうです? 凄く良くできた仕組みでしょう? さすがは先生だとは思いませんか?」
 鴨上は、貴美子の考えを見透かしているかのように言う。
「本当に……。さすがですわ。手にした権力は、こうやって育てていくものなんですね。そのことが良く分かりました……」
 貴美子は本心から言ったのだったが、鴨上は表情一つ変えることなく、即座に返してきた。
「権力を手にし、育てていけるのは、貴美子さん、あなたにも言えることなんですよ。これから先、先生が手にする力とは、あなたの力でもあるんですから」
 静かながらも確信に満ちた声。そして、睨みつけるような鋭い視線。瞳に宿る冷え冷えとした光を見た瞬間、鴨上はそこに自分の名前も加えたいのではないかと、貴美子は思った。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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