よみもの・連載

雌鶏

第二章2

楡周平Shuhei Nire

 世を儚(はかな)み、不運を嘆きと、自ら命を絶つ理由は様々だが、苦しみから逃れる術が死以外に見出(みいだ)せないという共通点がある。しかし、幸運に恵まれ、成功を収めた人間にとっては、人生は素晴らしきもの以外の何物でもない。可能な限り長く生きたいと切望するのは当然のことなら、それを阻害するのが死であり、多くの場合、病がきっかけとなる。
「医学と占いには酷似したところが多々あるんですよ」
 鴨上は続ける。
「例えば、この歳になったら、こんな病気に注意しなければなりません。この数値を放置しておくと、こんな病気になりますから薬を飲みましょう。医者にそう言われたら、貴美子さん、あなた、どんな気持ちになります?」
「もちろん、不安になりますわ。放置すれば大病になりかねないと言われたら、お医者様の指示に従って――」
「検査のため、薬をもらうために定期的に病院に通うようになりますよね。医者からすれば、お得意様、一丁上がりとなるわけです」
「でも、お医者様って――」
「医者にとって最も困る、あってはならない状況って、何だと思います」
 鴨上は、二度に亘(わた)って貴美子の言葉を遮り、唐突に問うてきた。
 そうは言われても、俄には思いつかない。
「さあ……」
 貴美子は首を傾げた。
「万人が健康になることですよ」
 鴨上は、あっさりと言ってのけ、続けて問うてきた。
「じゃあ、製薬会社にとって、最も困るのは?」
「そりゃあ、同じでしょう。万人が健康になれば、薬が売れなくなってしまいますもの」
「それもありますが、未来永劫(えいごう)人間が病から解放されることはありません。つまり実際に薬の需要がなくなることはあり得ないのですが、万病に効く薬。所謂(いわゆる)、万能薬が出てきたら話は違ってきますよね」
「そうですわ、おっしゃる通りですわね」
「そんなものが現れようものなら、たった一つの薬でことが足りてしまいますからね。製薬会社も商売にならないし、医者だって同じです。だから、製薬会社は新薬の開発に日夜取り組み、医者は治療だけではなく、予防薬としても薬を処方するわけです」
「予防と言われれば、患者は作り放題。医療への依存度は増すばかりとなりますものね」
「さっきも言いましたが、成功者、権力者は長寿を切望するのですからなおさらですよ。しかも、その手の人間は権威のある医者が大好きだし、直接診(み)てもらえる力もあれば、伝手もありますのでね」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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