よみもの・連載

雌鶏

第二章2

楡周平Shuhei Nire

 そう言って目元を緩ませる鴨上に、
「ならば、安村さんにとっては、総理になる絶好の機会ではありませんか。それに、現総理の奥寺(おくでら)さんだってそのまま現職に留まりたいと思っていらっしゃるのでは? なのに、なぜ羽村さんと今川さんの争いになるのです?」
 貴美子は当然の疑問を投げかけた。
「鬼頭先生ですよ」
 鴨上の瞳に一瞬凄みを帯びた光が宿る。「先生にしたって、衆参共に同じ党が過半数を占めれば、なにかとやりやすくなりますのでね。ただ、そこで懸念されるのが、新党の主導権を巡る争いが勃発しかねないかということなんです」
 そう聞けば、鬼頭の狙いが読めてくる。
「争いが激しくなるほど、党内に禍根が残る。安村と奥寺の二人が退けば、新党内の投票で新党首を決めることになる。多数決の結果は受け入れざるを得ないというわけですか」
「お二人ともこの提案に難色を示したそうですが、奥寺さんが総理になれたのも先生のお力添えがあればこそ。安村さんだって、先生の意向を無視することはできませんからね。最終的には飲むしかなかったのですが、党内に禍根を残すことなく、合流を成し遂げるには、もう一つ解決しておかなければならない問題があるんです」
「それは、どのような?」
 貴美子が訊ねると、
「前職、つまり前回の衆議院選で落選した議員の処遇ですよ」
 鴨上は即座に返してきた。「同じ選挙区で民憲党、民自党が議席を争って落選。捲土重来(けんどちょうらい)を期して雌伏中の議員が相当いるんです」
「二つの党が合流すれば、衆参両院で過半数を遥かに超える大政党が誕生するんですもの、次の選挙では圧勝間違いなし。それも現職が圧倒的に有利ということになりますものね」
「実は、衆議院は二党合流直後に解散することになっていましてね」
「解散?」
「解散権は総理が一手に握っておりますのでね。選挙は奥寺政権の下で行うことになりますが、新党の圧勝は間違いなしですから、現職はもちろん前職、新人、元職も擁立することになるでしょう。ただ、ここで注意しなければならないのは、各選挙区の候補者への票の分散と集中です」
「なるほど、不用意に候補者を擁立すれば、特定の候補者に票が集中して、落選する議員が出てしまう。分散しても同じことが起こりかねないということですわね」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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