よみもの・連載

雌鶏

第二章2

楡周平Shuhei Nire

「話は前に戻りますが、大山の存在によって育まれた緑豊かな豊穣な大地には、大樹になる可能性を秘めた種が埋もれていると考えられるのです」
「大樹になる種?」
「今回の場合は後継者ではないかと……」
 貴美子はそう告げると、すかさず訊ねた。「先生はご自分の後継者に、どなたを据えようとお考えなのですか?」
「いずれ長男をと考えておりまして……。それもあって、現在修行の意味で、私の秘書をさせております」
「あの……、私は政治のことはよく存じ上げないのですが、二つの党が一緒になると、先生の選挙区の候補者数を調整しなければならなくなるのではありませんか?」
「えっ?」
 羽村は虚を衝(つ)かれた様子で、小さく声を上げる。
「お身体とよく相談なさったほうがよろしいのではないでしょうか」
 貴美子は言った。「もし、先生が任期半ばで議員職の続行が難しくなれば補欠選挙、あるいは次回の選挙で後任を決めることになるわけです。果たしてその時新党が、ご長男をすんなり先生の後継候補として公認するかどうか、その辺りをよくお考えになったほうがよろしいかもしれませんね」
 乾いた油紙のような顔色に、仄(ほの)かに朱が差してきたかと思うと、羽村は不快感をあからさまに浮かべる。
「私が病に臥(ふ)して、政界を引退することになるとでも言うのかね」
 口調も一変してぞんざいになり、睨(にら)みつけてきたのだったが、
「どうお取りになられるかは先生次第。私は卦に従って、感ずるがままを申し上げているだけですので……」
 貴美子は動ずることなく、柔らかだが突き放すような口調で返した。
 朱の色が濃さを増し、羽村は歯噛みをするかのように、蟀谷(こめかみ)をひくつかせる。
「先生……」
 貴美子は語りかけた。「負けを承知で戦って、見事散るのも男の本懐と言えるでしょうが、無駄な戦を避けて、後の利を取るという考え方もできるのでは?」
「後の利?」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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