よみもの・連載

雌鶏

第二章2

楡周平Shuhei Nire

「議員になったからには、いつか総理にと野心満々の人たちの集まりが国会じゃありませんの? 総理の椅子は一つしかありませんから、味方なんてあって無きがもの。つまり、政治家は常に常在戦場、日々戦いの最中(さなか)に身を置いているのではありませんか?」
「確かに、そこはあなたの言う通りだが?」
 それがどうしたとばかりに羽村は訊ね返してきた。
「党首選は、謂(い)わば大名同士の一騎打ち。新党の党首を決する戦となれば、天下分け目の関ヶ原。勝ったほうは天下を取ると同時に、敵対した相手を根絶やしにかかる。それが戦ってものではありませんの?」
「新党の総裁を譲る替わりに、長男を後継者として認めさせろと言うのかね?」
「ついさっき、申し上げましたように、私は卦の流れから感ずるままをお伝えしているだけです。私の言葉から何を察し、どう判断なさるかは先生次第。信じる、信じないもまた同じです」
 貴美子は敢えて突き放すような言い方をした。
 羽村は沈黙、次いで腕組みをして瞑目する。
 会話が途切れると、床の間の香炉から漂ってくる白檀の香りが、より一層強くなる。
「他に何かご相談は?」
 沈黙を破って貴美子は問うた。
「いや、特には……」
 目蓋を開けたものの、視線を合わせることなく羽村は答える。
「そうですか……では、これで……」
 貴美子は一礼し、机の裏に取りつけてあるボタンを押した。
 聴覚に難がある靖子を呼び出すためのもので、台所や居間に設置した豆球が光る仕組みになっている。
 程なくして襖が開くと、そこにひざまずいて羽村を待つ靖子の姿があった。
 羽村は、何も言わなかった。
 ゆっくりと立ち上がると、貴美子に目をくれることなく部屋を出ていった。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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