よみもの・連載

雌鶏

第二章2

楡周平Shuhei Nire

 さすがに結果が気になるらしく、羽村が息を呑んで、貴美子の言葉を待つ気配が伝わってくる。
「先生……」
 貴美子は顔を上げると、薄紫の色眼鏡の下から、羽村の顔を上目遣いに見た。
 悪い予感を覚えたのだろう。羽村はたちまち不安げな表情を浮かべ、
「な、なんでしょう……」
 と問うてきた。
「申し上げにくいのですが、願いは叶わない。それも、勝ち負けとは関係なく、先生ご自身の事情で願い叶わず……と出ていますね」
「私の事情で?」
「先生、病を抱えていらっしゃいませんか?」
「病……」
 羽村はギョッとした顔になって、椅子の上で固まった。
「健康上の理由で諦めざるを得ないとなると、重い病のように思えますが?」
 羽村はすぐに答えを返さなかった。
 貴美子を見る目に変化が現れる。
 怪訝(けげん)な眼差しで暫し見つめると、
「生まれてこの方、大病どころか病気らしい病気をしたことがありませんがね。身体(からだ)は至って健康。健診も定期的に受けていて、その度に医者からは頑健な身体に生んでくれた母親に感謝しろと言われるほどでして」
 わざとらしく力の籠もった声で言いながらも、強張った笑いを浮かべる。
「そうですか……」
 貴美子は落ち着いた声で答え、首を僅かに傾げて見せた。
「私が病を患っている卦が出ているのですか? それとも、これから先、大病を患うとでも?」
 貴美子はすぐに答えなかった。
 机に並べた算木を見詰め、暫しの間を置くと、
「この卦は、本来ならば、人が崇(あが)め奉るような大山なのに、地に埋もれて人の目には触れない、要は、力はおありになるのに、正しい評価が得られないことを示しているのです」
「私は民自党の幹事長ですよ。評価を受けているからこそ――」
 心外とばかりに、疑念を呈しかけた羽村を、
「評価を受けている大山であるにもかかわらず、地に埋もれる」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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