よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第五話 夏ざかり宴競べ

島村洋子Yoko Shimamura

   三

 亀屋(かめや)という吉原の中にある髪結処(かみゆいどころ)の清吉(せいきち)はその日、春日屋の龍田川の髪をいつもより大きく派手にした。
 その日は年に一度の大川の花火の日で、なんでも龍田川は生まれて初めて打ち上げ花火を見るらしい。
 両替商の新五郎というお大尽が、花魁のために火の見櫓のような軒を一晩だけ作り、そこで花火を見ながらの宴会をしようとする大事な催しなのだ。
 ふだんから季節になると桜や紅葉(もみじ)を移植したり巨大な門松を出したりという、派手な祭の多い吉原でも始まって以来のことである。
 噂が噂を呼び、自分が参加できるわけでもないのにはしゃいでいる店の者もたくさんいて、じかに関係のない清吉までもが高揚する気持ちを抑えられなかった。
「今夜は楽しみですねえ、花魁」
 という清吉に鏡の中の龍田川は微笑(ほほえ)んだ。
「そうさねえ。あちきのような者がお通りになるお客様を櫓から見下ろしていいんでしょうかねえ。まあ花火を見るのも死んだ母親の供養にもなるかと思えば、もう本当に旦那に手を合わせて拝みたいくらいありがたいことなんでありんすが」
「花魁のおっかさんももうお亡くなりなんですか。そりゃさぞかし、今夜のことは功徳になることでしょう」
 清吉は紅潮していつにもまして美しい龍田川にそう返事をした。
 母親をすでに亡くしたということならもしかして龍田川は生き別れた双子の妹なのかとまた思いを巡らせたが、妹にあるという首筋の星形のほくろは花魁六歌仙に出世したお歌にもあるし、あるいはどちらも違って、妹はこの吉原にいないのかもしれないと清吉は内心、煩悶(はんもん)した。
「今日は下から花火と花魁を拝ませていただきます」
 と頭を下げた清吉は、角度によってどのようにこの髪形が映えるのか見てみたかった。
 花火の時刻まではしばらくあるので、これから南部坂(なんぶざか)の加賀見護久(かがみもりひさ)という茶の湯の師匠のところに稽古(けいこ)に行くことになっている。
 若い時は茶の湯も香道もあるいは花を活(い)けることにもまったく興味はなかったが、花魁をはじめ女たちの頭を扱うのはすべての美に通ずるということに近頃思い至って、数寄者(すきしゃ)趣味で名の高い北千家(きたせんけ)の家元直々に教えを乞うことにしたのである。
 習う前に勝手に思っていたことと違い、茶の湯というのはただ体裁良く花器に花を飾り、茶菓子を出して客人をもてなせば良いというものではなかった。
 それぞれの季節に花は咲き、職人が草花の見立ての効いた菓子を作り、掛け軸を飾るが、それはいつも一歩先取りしなければならなかった。
 例えば桜が真盛(みさか)りの時に桜の花びらを模した菓子を出し、竹筒に桜の枝を飾るのはかえって野暮である。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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