よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第五話 夏ざかり宴競べ

島村洋子Yoko Shimamura

   九

「いやあ、大騒ぎでしたなあ」
 いつものように龍田川の髪を整えながら清吉は、龍田川の問いかけに返事をした。
 もはや春日屋の花魁龍田川のお客が櫓をこしらえて花魁に両国の花火を見せてやった、というような美談はどこかに消えてしまっていた。
 それより角海老楼の新しい花魁六歌仙の客が富籤でたいそう運がつきまくって櫓から金を撒いた、星形のほくろがある六歌仙というのはことほど左様に運を招く女である、という話が一夜にして大評判になっていたのである。
「お陰さんで生まれて初めて花火が見られてありがたかったでありんす」
 鏡の中の龍田川は華やいだ微笑みを見せた。
「花魁は大川の花火は初めてだったんですか」
「あちきはこの吉原しか知りませんゆえ」
 やはり龍田川は妹ではなくこの町で生まれ育った女なのだろうか。
 ということはもしかすると星形のほくろを持つ六歌仙が妹なのだろうか、しかし六歌仙は干支(えと)が違ったような気がする。
 とはいえ生まれ年を誤魔化さない女などこの町にはいないしなあ、と清吉は次々に思いを巡らせた。
「しかしあちらの旦那さん、何のご商売なんでしょう。羽振りの良い方とお見受け致しましたが」
 龍田川も気になる様子である。
「あっしは宮大工の棟梁だと聞きましたが、それにしても気前が良かったですね。あんまり品の良いようには思いませんが」
 清吉の言葉に龍田川は何も答えなかった。
 他人のお客をどうこういうのは礼儀に外れると思っているのだろう。
 六歌仙は清吉の見るところ、頭の良い、品の良い女である。
 容姿そのものよりその機転の利くところでここまでの地位を得たのだろうと清吉は考えていた。
 それが男にあんな振る舞いをさせるだろうか。
 客だ旦那だと言えど、この吉原では力のあるのはなんと言っても花魁である。
 やめさせることもできただろうに花魁に突然なったばかりでまだ要領を得ないのか、それとも元からの御贔屓でやめてくれとは言い出せなかったのか。
「六歌仙といると運がついて富籤が何度も何度も当たったという話も本当かどうか」
 と清吉はつぶやいた。
「本当でも嘘でもそんないわくがあれば、そりゃ人気も出ますじゃろうなあ」
 独り言のように言った顔色を見て、普段からおっとりと何も気にしないような風情の龍田川でもやはり新しく出てきた勢いのある花魁のことは気になるのだろうと清吉は思った。
「できるだけ調べてみます。富籤が当たる方法がわかればあっしも買ってみますよ」
 そう言う清吉に龍田川はようやく笑顔になった。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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