よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第五話 夏ざかり宴競べ

島村洋子Yoko Shimamura

「その惣吉って人は代々、美作(みまさか)で表具師をやっていた家に育ってのちに京で技を磨いたらしく、腕はたしかだそうですよ。欄間も見事に作るし、掛け軸に絵も描くし屏風絵(びょうぶえ)の修繕もできるそうです」
 龍田川は本物そっくりの籤の偽物を作ったのかと思ったが、そんな簡単な話ではないらしい。
 ある意味では本物、と言った清吉の言葉の意味するところはなんだろう。
「破れたところに別の紙を貼り色をつけて、破れがないように誤魔化すのが修繕の始めに習うことらしいです」
 あの日、茶の湯北千家家元の加賀見護久に掛け軸の秘密を聞いた清吉は居ても立っても居られず、その足で日本橋の表具屋に話を聞きに行った。
 茶室に良い掛け軸を飾りたいが古くて傷(いた)んでいる場合、どうやったら直せるのか教えてほしい、自分は昔から表具に興味があるのだ、と言うとひょろっとした腰の低い番頭が丁寧に教えてくれた。
 一言で表具師といってもその仕事によって細かく分かれているとのこと。
 まず掛け軸を作るのは裱褙師(ひょうほえし)と呼ばれるし、巻物を作るのは経師(きょうじ)、襖や屏風を作るのは唐紙師(からかみし)という。
 それらを総称して表具師というのだが、皆、描くだけではなく意匠をこらすし、修繕もできるという。
 番頭は清吉を奥の工房に案内してくれた。
 そこには数人の職人が長い台に向かって並び、それぞれが一心不乱に働いていた。
 手前の若い職人は絵筆を持ち、茜色(あかねいろ)の牡丹(ぼたん)の色褪(いろあ)せた部分を塗っていた。
「まず裏に補強のために紙を貼ります。そして表の傷んだところに薄目の紙を少し足して同じような色を塗って馴染ませるのです」
「なるほど」
 大きく頷き感心して見せた清吉だったが、本当に聞きたいことはそこではなかった。
「好きな絵があってそれをそっくりに写したい時はどうすればいいんですか、まさか上から薄い紙を置いて写し取るというわけにもいきますまい」
「技があれば見ながら写し取ることもできますが、ふつうは薄い半紙を絵の上に置いて透けて見えるのを写します。別に技を習うわけではない場合は、糊(のり)のついた裏打ち紙というのを貼りバレンで擦り付けて二枚に剥がします。ちょうどその作業を今そこでやっているのでご覧ください。これは掛け軸から絵を剥がす時にも用いますが、たいへん気を使う仕事です」
 奥に座っていた年配の男が、雀(すずめ)と竹が描かれた絵の表から糊のついた薄い油紙を擦りつけていた。
 そして慎重にゆっくり紙を剥がしていくと竹に雀の絵が二つになった。
「おお、見事ですね」
 清吉は思わず声をあげた。
「両方とも色も紙も薄くなりますから、裏に補強の紙を貼り、色や墨を加えていきますとどちらが本物なのかは素人目にはわかりません」

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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