よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第五話 夏ざかり宴競べ

島村洋子Yoko Shimamura

   八

 角海老楼の花魁六歌仙は困ったことになったと櫓の上で息をついた。
 たしかにここから見る花火は美しく、子どもの頃に二親と見た懐かしい情景が思い出されて嬉しかった。
 今夜の宴を取り仕切ってくれた惣吉の宮大工としての腕や信用は大したものだとは思うのだが、もともと湯水の如く金のある男ではない。
 花魁になった自分を支えてくれようとするのはありがたいことなのだが、富籤が二度も当たったから当分は大丈夫だなんてそんなこと本当にあるのだろうか。
 なにしろ運が良くなると評判の星形のほくろが嘘であることは、誰より自分がよく知っている。
 それは黄表紙に載っていた唐の物語集にあった、波斯(ペルシヤ)から唐に流れてきた人気のない踊り子が臍(へそ)の横に羽ばたく鳥の入れ墨を入れた途端に大人気になったという昔話に感心して、自分も真似(まね)をしたところ縁起がいいとの評判を得て、あれよあれよという間に花魁にまでなったのだ。
 いくらそんな自分を贔屓にしてくれていたとはいえ、滅多に当たらぬ富籤が一度はおろか立て続けに二度も当たるのも怪しいし、
「これからは心配ないから。何かあれば富籤を買えばいいんだよ」
 と嘯(うそぶ)く惣吉の表情もおかしかった。
 この前、惣吉が買った富籤の勧進元は富岡(とみおか)八幡宮だと聞いたが、そこの籤係かなんかと悪巧みでもしているのではあるまいか。
 そう六歌仙が心配した矢先に、この櫓である。
 六歌仙ははじめは嬉しかったが、よくよく聞いてみると先に春日屋の花魁龍田川の客が考えたことらしく、裏に回って眺めて見れば向こうの櫓のほうが先に出来上がっていた。
 龍田川というのは名店春日屋の昼三(ちゅうさん)で、数いる花魁の中でも吉原を代表するような名妓(めいぎ)であってその名は轟(とどろ)いている。
 そんな人物と並び立てようとするのがそもそも恐れ多かったが、角海老楼の主人の高田義兵衛(たかだぎへえ)は、
「面白いじゃないか。この商売はなんでも目立つほうがいいんだよ。お客様がやりたいというのだから、真似であってもなんであっても噂になったほうがいい。悪名は無名に勝るんだから」
 と乗り気だった。
 春日屋の宴の様子が見えたがあちらは品がいい。
 三味や太鼓の音は聞こえるが、ぜんたいにゆったりしているように感じる。
 それに比べてこちらはおおはしゃぎに過ぎる、と六歌仙が思った時、いっそうの騒ぎが始まった。
 今日の旦那である惣吉がにわかに立ち上がり、懐から出した何かを下に撒き始めたのである。
 じゃらじゃらと派手な音がする。
 そして櫓の下からはどどどと人が集まる音やぎゃあぎゃあという人々の声が響いて来た。
 みんな立ち上がって下を見ているが六歌仙は花魁としてはばたばた動くこともできず、じっとしていた。
「金だ、金だ!」
 というような喚声とも怒号ともつかない叫び声がしている。
 宴についていた太鼓持ちが、
「旦那、ちょっとそれはお控えになってはいかがざんすか。ねえ、花魁の前でもありますし」
 と止めたが惣吉は、
「だから花魁のお祝いじゃねえか。かたいこと言うなよ」
 といきがった様子である。
「旦那、旦那、何なさってるんですか。それ一朱銀(いっしゅぎん)じゃないですか、もったいない」
 一文銭や四文銭ではなく、一朱銀とはえらいことである。
 気でもおかしくなったのだろうか。
 どーん、どーんと花火の音が響いていたが六歌仙は上を眺める余裕もなく、身を震わせていた。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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